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2018-08

和歌山で和歌山ラーメン、あと和歌山城 - 2018.08.16 Thu

和歌山ラーメン01

友ヶ島から帰ってきたあとせっかくなので和歌山市へ行って、
和歌山のご当地ラーメン和歌山ラーメン」をいただきました(o´ω`o)ノ

和歌山では戦前からラーメンが食されていたそうで、
昭和初期にはすでに屋台の中華そば屋があったそうです。


和歌山ラーメン02

というわけで「和歌山ラーメン」でっす(ノシ 'ω')ノシ

ストレートの細麺でチャーシュー・メンマ・ネギ・蒲鉾が乗っています。
花柄の蒲鉾が良いですね~♪
スープは「醤油ベースの豚骨醤油味」と「豚骨ベースの豚骨醤油味」があるそうで、
こちらの井出商店さんは豚骨ベースの豚骨醤油味なのだそうですが、
そもそもラーメンをあまり食べないので違いがよくわかりません(笑

あとテーブルに早寿司や茹で卵が篭に入れてドンッと置いてあったのも面白いです☆


和歌山ラーメン04

ラーメンをいただいてお腹いっぱいになったので、
腹ごなしに和歌山城へ登城です(*´Д`)(笑

和歌山城は徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城で、
城自体は明治4年の廃城令により天守など除き解体され、
昭和20年の和歌山大空襲によりそれらすべてを焼失してしまいましたが、
昭和33年に鉄筋コンクリートで再建され、
城跡は国の史跡に指定され日本100名城(62番)にも認定されています。


和歌山ラーメン05

天守閣から淡路島方面の景色です。

晴れていたらここから淡路島が見えるそうで、もしかしたら友ヶ島も見えるかもしれませんね~
ちなみに手前の櫓は左が「二の門櫓」で右が「乾櫓」、
その先の海へ流れ込む大きな川が「紀ノ川」です。

和歌山ラーメン06

こちらは天守閣内にある「埋門(うずめもん)」という場所で、
天守閣内の御台所から水の手へ通じる門として作られ、
石垣の下方へ向けて作られた門の形式を埋門というそうです。

天守閣は昭和20年の和歌山大空襲で門などは全焼してしまいましたが、
土台となる石垣は残りかつての姿をとどめています。


和歌山ラーメン07

天守閣にある「栖原三宝柑」という柑橘系の樹木です。

この三宝柑(さんぽうかん)は和歌山県の特産の柑橘類で、
デコポンに似た形状で夏蜜柑より早く成り非常に珍しかった為、
江戸時代には藩外移出禁止の果実だったそうです。



という感じにラーメンと城だけのプチ和歌山観光でした(笑




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*友ヶ島へゆく・その7「友ヶ島神社・再び野奈浦桟橋へ」* - 2018.08.11 Sat

友ヶ島07-01

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海の家を過ぎて野奈浦桟橋へと向かう途中にある「友ヶ島神社」です。

この神社には名称を示すものが何も無かったのですが、
友ヶ島は幾つかの島で構成される名称で、
その中で一番大きな島が今回巡った沖ノ島ですので、
友ヶ島神社または沖ノ島神社と称される神社がここだと思います。

ちなみに神社らしき場所は、ここと今回行かなかった南垂水キャンプ場にもあります。

友ヶ島07-08

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御祭神は天照皇大神

創建は明治の中頃に旧陸軍の要塞工事が始まったときに、
工事に従事する人がこの島へと送り込まれ、
その人々が工事の無事を祈願し神社を建立したのが始まりとなっています。

現在でも毎年3月25日頃には島開きの行事と、
来島する人々の安全無事故を祈願する神事が行なわれているようです。


友ヶ島07-11友ヶ島07-12友ヶ島07-13


友ヶ島07-14

神社の鎮座する丘は高くは無いのですが階段は結構急です(;´Д`)

この石段からは船着場の野奈浦桟橋がチラっと見えます♪

友ヶ島07-15

さて、名所探訪コース(3.3km)をグルッと逆から巡って、
大体1時間ほどで最初の野奈浦桟橋まで戻ってきました(*゚∀゚)=3

帰りの船がもう来ています、結構ギリギリの時間だった…かな?(笑


友ヶ島07-16



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というわけで巡り巡った友ヶ島とお別れですヽ(´□`。)ノ・

今回は天候不良のためこの船が最後の便でしたので大急ぎでいろいろ巡りましたが、
これでも友ヶ島の名所でご紹介できた場所は半分ぐらいです(ノ∀`)

話題となっている有名な場所は大体見られましたが、
東側はまったく行けませんでしたので修験場として有名な「虎島」や、
大蛇伝説のある「深蛇池」に第4砲台跡など面白そうなところがまだまだあるようです。

それでも当時の雰囲気の残る建物や、
古い建築物の中に入ってちょっとした冒険という感じを楽しめました☆
また機会があれば是非訪れたいと思える島ですわ(人*´∀`*)

今度は晴れた日に(笑


友ヶ島07-19

*友ヶ島へゆく* 終





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*友ヶ島へゆく・その6「第2砲台跡・旅館跡」  - 2018.08.06 Mon

友ヶ島06-01

友ヶ島灯台から第2砲台跡へやってきました(o´ω`o)ノ

灯台から約300mほど北へ下りていきますと見えてきます。


友ヶ島06-02

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第2砲台跡は高台にある他の砲台跡とは違い海岸線にあり、
海峡に差し掛かった敵船を待ち伏せ、真横から砲撃することを目的としたため、
敵からの攻撃にさらされる想定で造られこの第2砲台跡は強固な造りとなっていたようです。

かつてはここに27インチカノン砲が四門備え付けられていました。


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友ヶ島の砲台は大戦中にも使用されることはありませんでしたが、
戦後になり使用を禁ずる目的で第2砲台と第5砲台はアメリカ軍により爆破されました。

ですが全体として当時の原型をよく留めており、
明治の頃の要塞の姿を今に伝えております。



友ヶ島06-13

現在は崩壊が進み危険なため中への進入は禁止されていますが、
外からでも十分見ごたえのある第2砲台跡でした(人*´∀`*)




友ヶ島06-14

野尻キャンプ場の北側まで来ました。

手前の池が「蛇ヶ池」で遠くにポツンと山裾に飛び出して見える木が前々回の「孝助松」、
右の山へ登っていくと灯台や第一・第二砲台跡があります。

そういえば以前この島を観光開発していた南海電鉄グループの「南汽観光」により、
島内の蛇の駆除のために孔雀が数羽放たれ現在も生息しているそうです。
残念ながらなかなか人前にはその姿を現さないそうですが(´・ω・`)


友ヶ島06-15

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そして、野奈浦桟橋へと戻る道を歩いていきますと、
かつての旅館や海の家の廃墟群が見えてきます。

この廃墟は十数年前まで南汽観光により友ヶ島観光事業が行なわれていた頃のもので、
かつてはキャンプ場やバンガロー村として夏場は賑わっていたそうですが、
2000年代に入ると観光客数が最盛期の1/5まで減少したため2002年3月末に事業から撤退しました。

その為、今でも島内の電灯柱に「南海」の表記が看板などに残されています。


ちなみに現在は加太漁業協同組合が人員や船などを引き継いだ法人を設立し、
「友ヶ島汽船(株)」として運行されています。


友ヶ島06-19

今回はちょっと時間が無かったので行けませんでしたが、
この建物の奥の山に「第5砲台跡」があるようです。

砲台に行ける道は別にあるかも?(;´Д`)

友ヶ島06-20

神島と野奈浦桟橋が見えてきました、
次でゴールです(*´Д`)というわけであと1回だけ続きます(笑








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今日より季夏の候、八月です。 - 2018.08.01 Wed

鰻の箱寿司04

鰻の箱寿司01鰻の箱寿司02鰻の箱寿司03


今日より八月、夏本番です。

先週末の変わった台風が来た数日は涼しくなって冷房の要らないほどでしたが、
また猛暑といえるような暑さが戻って参りましたね(;´Д`)

ぐれぐれも熱中症や脱水症にはご注意くださいませ。

そして今日は第二の土用の丑の日でしたので、
の押し寿司を作って「箱寿司」にしてみました♪
一回作ってみたかったんです、このモザイク画っぽい感じのお寿司(o´ω`o)

押し寿司にしたときにちょっと頭と尻尾が出てしまいましたが…まぁいいでしょう(笑


さて、八月も厳しい暑さとなりそうですが、
スタミナをつけて水分を十分摂り、
張り切ってまいりましょーー(ノシ 'ω')ノシ


それでは今月もよろしくお願いします☆



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*友ヶ島へゆく・その5「友ヶ島灯台・第一砲台跡」* - 2018.07.27 Fri

友ヶ島05-01

孝助松海岸から西の高台へ少し上りますと「友ヶ島灯台」です。


友ヶ島05-02

ですが、「第一砲台跡」が直ぐなのだそうですので灯台行く前に寄り道です(ノシ 'ω')ノシ



友ヶ島05-03

第1砲台跡へ行く途中、第3砲台跡にあった弾薬庫っぽいものが上から見られます♪
ここは鉄の扉や換気装置がついていますね~中に何かあるのかな?


友ヶ島05-04

この円形が「第一砲台跡」……だと思います(笑
ちょっと時間がなかったのでこのあたりの探索はできませんでした(ノ∀`)

友ヶ島05-05

この先は断崖になっていますが「子午線広場」へ続く道もあり、
子午線広場はその名の通りに日本標準時の子午線が通っている広場になっています。


友ヶ島05-07

子午線広場へは行かずに道を戻って灯台へ~


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というわけで『友ヶ島灯台』に到着です(o´ω`o)ノ

友ヶ島灯台は明治初期の大坂条約によって建設された5基の洋式灯台の一つで、
日本で8番目に竣工した西洋式灯台であり歴史的文化財的価値が高いAランクの保存灯台です。

建設当初の明治5年頃は現在の第一砲台跡の辺りにありましたが、
明治23年に第一砲台設置のため東に25mの現在の場所へ移動されました。


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この灯台は明治3年に依頼を受けた英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンにより着工され、
明治5年に竣工され転倒しました。
建設当時はイギリス製の3等不動レンズ、石油3重芯ランプを使用していたそうです。

この石造りの建物は明治の洋風建築として日本では数少ない一つであり、
昭和55年に改築されましたが、ほぼ原型どおりに保存されています。


友ヶ島05-15

次回は第二砲台跡に訪れつつ、最初の野奈浦桟橋へと帰ります(o´ω`o)






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