◎あちこち神社◎
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2016-10

今日より錦秋の候、神嘗月です。 - 2016.10.01 Sat

彼岸花2016-01

今日より10月、神嘗月。

日ごとに秋も深まって、朝夕は肌寒く感じます。

最近は秋雨前線や台風の影響で梅雨のようなお天気が続いておりますが、
この秋雨前線が無くなれば麗らかな秋晴れの秋空の下、
絶好の行楽日和になりますね(゚▽゚*)♪

これから紅葉で色付き始める山々や街路樹、
黄金色の稲穂が揺れる田圃など、
カラフルに染まっていく美しい景色を見るのが楽しみです♪

あと、美味しい秋の味覚も楽しみですね(-_☆)(笑

それでは、これから朝夕冷えてまいりますので、
お風邪など召されませぬよう、
体調にはくれぐれもお気をつけお過ごしくださいませ。

そんな感じで今月もよろしくお願いしまっすヾ(@^▽^@)ノ





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▼熱田神宮-下知我麻神社▼ - 2016.09.28 Wed

下知我麻神社01

ナナモリ(楽2手2)s熱田神宮摂社下知我麻神社(しもちかまじんじゃ)です。

鎮座地は熱田神宮の境内北西の一隅にありますが、
こちらの神社は境内から出て神宮外からしか入ることが出来ず、
参拝には西門から一度境外へ出て北へと道沿いに進んだ所にあります。


下知我麻神社02

ナナモリ(楽3)s延喜式神名帳では尾張国・愛智郡鎮座の下知我麻神社と記される古社で、
珍しい西向きの鳥居となっています

江戸時代には俗に「紀太夫社(きだゆうしゃ)」と称され、
東海道や佐屋街道に面していたことから、
古くから旅行安全の神社として篤く信仰されてきました。

下知我麻神社03


下知我麻神社04下知我麻神社05下知我麻神社06下知我麻神社07


ナナモリ(普b-01)s御祭神は真敷刀俾命(ましきとべのみこと)

御祭神は、この「紀太夫社」とも呼ばれる下知我麻神社に対しまして、
「源太夫社」とも称される上知我麻神社の御祭神・乎止與命(おとよのみこと)の妃で、
日本武尊の妃・宮簀媛命(みやすひめのみこと)の母神様です。


また熱田神宮境内社である菅原社の特殊な風習で、
菅原社で参拝した後に、この下知我麻神社へ参拝し、
神前付近の石を頂いて持ち帰り願い事が叶った場合は、
頂いた石の倍の大きさの石を持参し菅原社に奉納するという風習があります。

下知我麻神社08






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▼熱田神宮-菅原社・又兵衛▼ - 2016.09.24 Sat

又兵衛・菅原社01

又兵衛・菅原社02又兵衛・菅原社04


ナナモリ(普b)s熱田神宮の境内末社の菅原社です。

御祭神は菅原道真
西門を入ってすぐの場所に鎮座し学芸の神として古くから信仰も篤く、
合格祈願や智恵授け等の絵馬が沢山掛けられています。



又兵衛・菅原社03


ナナモリ(普b-01)s文化殿(宝物館)北側にある内天神社に対し外天神とも呼ばれ、
享保の古地図などには天満天神社や外天神と称され描かれています。

また下知我麻神社(しもちかまじんじゃ)の石を戴いて帰り、
願いがかなうと倍の大きさの石を菅原社へ奉納するという珍しい風習も伝えられており、
社前には大小様々な石が置かれています。



又兵衛・菅原社05

又兵衛・菅原社06又兵衛・菅原社07



ナナモリ(楽2手2)s菅原社の丁度裏側にあるのは又兵衛(またべえ)という建物です。

この建物は白川郷の合掌造り初期となる江戸時代前期の建物で、
手斧仕上げの特色や馬屋を台所の南に設けるなど当時の様式を色濃く残し、
国の文化財に登録されています。


もとは岐阜県吉城郡細江村の豪農・坂上又兵衛の本家で、
昭和32年神野金之助氏より寄付を受け、原形のまま保存されています。

また他に5軒の茶席を有し、
毎月15日(除・8月)の月次献茶など各種茶会に広く利用されています。

又兵衛・菅原社08





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▼熱田神宮-二十五丁橋と佐久間燈籠▼ - 2016.09.20 Tue

二十五丁橋と佐久間燈籠01

二十五丁橋と佐久間燈籠02二十五丁橋と佐久間燈籠03二十五丁橋と佐久間燈籠04



ナナモリ(普b-01)s熱田神宮の清め茶屋近くにあります『二十五丁橋』です。

板石が25枚並んでいるところから二十五丁橋と呼ばれており、
尾張名所図会(おわりめいしょずえ)や名古屋甚句(なごやじんく)で名高く、
名古屋では最古の石橋といわれております。


江戸時代末から明治にかけてこの地方の民謡の曲名・名古屋甚句の中には、
西行法師がこの橋に腰掛け「これほど涼しいこの宮を誰が熱田と名をつけた」と、
ユーモラスに唄われています。

二十五丁橋と佐久間燈籠05


ナナモリ(楽2手2)s正参道と東参道の交差するところにある『佐久間燈籠(さくまどうろう)』です。

寛永7年(1630)5月、尾張御器所の城主である佐久間盛次の四男大善亮勝が、
海難に出会った際に熱田神宮に祈り、加護によって事なきを得たことを感謝し、
熱田神宮にこの燈籠を寄進したと言われています。



高さは約8メートル、形も六角形で雄大な相をもち、
上野東照宮にあるお化け灯籠、京都南禅寺の大灯篭とこの佐久間燈籠で、
江戸時代から日本三大燈籠の一つとして知られています。


二十五丁橋と佐久間燈籠06





おまけ
眼鏡之碑02


ナナモリ(驚)sあと、なぜか二十五丁橋の前にあるちょっとした広場に遮光器土偶が…

この土偶の主な出土場所と縁のなさそうな熱田神宮になぜに…?と思っていましたら、
これは昭和五十七年に名古屋眼鏡商業協同組合と眼鏡碑顕彰会が、
眼鏡を付けた土偶として奉納したと言う事だそうです。


遮光器土偶のこの遮光器のような部分を眼鏡としても良いのかなと疑問も残りますけれど(笑

眼鏡之碑01



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熱田新宮でちょっと休憩『お休み処 清め茶屋』 - 2016.09.17 Sat

熱田神宮・清め茶屋03

さて、熱田神宮の境内を沢山歩きましたので、
神宮の境内にある唯一の茶屋『お休み処 清め茶屋』でちょっと休憩です(o´ω`o)

『お休み処 清め茶屋』は西門の鳥居から入りますと、
歩いてすぐ右手に、南神池の傍にあります。

熱田神宮・清め茶屋02

熱田神宮・清め茶屋01熱田神宮・清め茶屋04

『お休み処 清め茶屋』は天明5年(1785年)頃、境内に茶屋が設けられ、
そこで「きよめ餅」を売り出したところ評判となり熱田神宮名物となったそうです。

なるほど…名物の餅……

マンゴーかき氷ください(*´Д`)(笑

熱田神宮・清め茶屋06

この日は夏日で暑かったですから、
餅よりかき氷の気分でしたしマンゴー好きなので仕方ないのです(`・ω・´)

冷凍のマンゴーがごろごろ乗っていて美味しそうです♪

熱田神宮・清め茶屋07

甘いマンゴーのシロップのかかったかき氷と、
冷凍のマンゴーの冷たさで暑さも疲れも癒されましたわ(人*´∀`*)

清め茶屋には他にも甘酒や冷やし善哉、「きよめ餅」のセットなどの甘味や、
ちょっとしたカレーや日替わりランチなど軽食メニューも豊富にありました。

他にも店内にはお土産なども売っていますので、
御参拝の後にお立ち寄りになられるのもオススメです。

熱田神宮・清め茶屋05

きよめ茶屋のすぐ横は南神池になっていて亀や鯉がいっぱい(´ー`)

ちなみに鯉の餌も、きよめ茶屋に売っていまして、
店内に男の子が掛け込んできて勢い良くエサを買って池へ行ってました(笑


熱田神宮・清め茶屋08

春の頃には神池の周りにはが花を咲かせます。









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