◎あちこち神社◎
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2018-10

▼荘川神社(岐阜)▼  - 2018.10.05 Fri

荘川神社(岐阜)01

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ナナモリ(普b)s岐阜県高山市荘川町にある荘川神社 (しょうかわじんじゃ)です。

創立不詳ですが古くは元白山神社と称し中畑、新渕、両村の産土の神社として鎮座。
その後、新渕村に於いて冨士浅間を勧請して櫻宮と転称し、
産土神とするに依り文化三年に中畑村に面して移転し村社に列せられました。


荘川神社(岐阜)10

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ナナモリ(普b-01)s御祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・菊理姫命・木花咲夜姫命・ 天照皇大神・応神天皇・火具土命

村社となった明治維新後に猿丸白山神社、町屋八幡神社、
新渕櫻宮神社、牧戸神明神社、牛丸八幡神社を合併し、
更に山上に再移転して元白山神社を荘川神社と改称しました。


その後、昭和二十四年にまた宝永の頃の旧地に再移転しようと着工中に、
元本殿敷地より古代石剱二振、祝部土器、三ツ俎、鉄碗、八咫鏡等、
飛騨地方考古学上貴重な出土品が多数発見されたそうです。



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ナナモリ(笑)s高山市荘川町には8つの神社があり、
そのうち、黒谷白山神社、野々俣神社、荘川神社においては、
9月の例祭の前日の夜に前夜祭が開催されています。

その前夜祭では約300年の歴史を有する伝統文化のひとつである「村芝居」(奉納芝居)が、
地元の若者たちが中心となって人情時代劇を演じ奉納されます。

また「ひだ荘川ふるさと祭り」では、
荘川町内の6神社から総勢30頭の獅子が一堂に集まり、
古来より伝承されてきた数え歌にあわせて連を組み、
優雅で勇壮な日本一の連獅子の舞が披露されます。


荘川神社(岐阜)20




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▼立木神社(滋賀)-御神木・摂社など▼ - 2018.09.16 Sun

立木神社02-01

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ナナモリ(楽2手2)s立木神社本殿裏手にある立木稲荷です。

「げんろく稲荷」「たかすけ稲荷」とも呼ばれ、
土地の人は「げんろく」とは狸の名であり、
この稲荷は狸を祀るものであると伝承されています。



もともとは近隣の山田家の女主人が眼病治癒祈願のために巫女の信託により屋敷内に狸を祀ったのが始まりで、
その数代後の当主の娘が眼を痛めたので祈祷を依頼すると、
「屋敷内に祀っている稲荷を放置しているから、眼を患ったのである。すぐ立木神社の境内に移して祀れ」、
と宣託があり山田家の宅地内の屋敷神稲荷が当社へと移され村氏神の末社となった珍しい稲荷社です。

その為、稲荷でありながら眼病平癒を願う人々の信仰を集めています。

立木神社02-07


ナナモリ(笑)s
こちらは由緒にある立木の神が境内に刺した柿の鞭が生え付いたとされる柿の木で、
現在境内にある柿の木は御神木の末裔で時代を経て代替わりをし樹齢は数十年ですが、
先代の御神木の根株が黒柿となって当社に伝わっています。



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他にも境内には、
松尾神社 天満宮 三社神社 多賀神社 熊野神社 龍田神社 鴨神社 竹生島神社
日吉神社 広田神社 愛宕神社 八坂神社 大将軍神社 恵美須神社 英霊社
など数多くの摂社末社が鎮座しています。


立木神社02-12

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ナナモリ(楽3)s
こちらは摂社のえびす神社です。

滋賀県内では少ないえびす様をお祀りする神社で、
毎年1月10日のえびす祭りでは大変な賑わいを見せるそうです。



立木神社02-16

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ナナモリ(楽2)s
立木弁財天です。

えびす神社の裏手の林の中にあり、
社は弁天池の真ん中に鎮座し橋がかけられています。



立木神社02-22
国道一号線沿いにあり目立つこの巨木は「ウラジロガシ」で、
主に山地の谷間などに自生する種類の木であり、
平地でこの様な巨木が生育しているのは県下でも珍しく全国的にも最大級のものです。

県の指定記念物になっており、樹齢は推定で300年とされています。


立木神社02-21


ナナモリ(驚)s
こちらの道標は江戸時代前期にあたる延宝8年(1680年)11月に建てられた滋賀県内最古のもので、
刻銘から京都壬生村のあしだの行者万宝院が伊勢神宮と京都の愛宕神社に七年間毎月参詣し、
それを感謝し記念として建てられたものと推定されています。



かつては「東海道名所図会」や「近江名所図会」に描かれているように、
草津宿追分の東海道と中山道の分岐点にありましたが、
後に当社境内地に移されました。



立木神社02-25







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▼立木神社(滋賀)-本殿▼ - 2018.09.11 Tue

立木神社01-01

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ナナモリ(普b-01)s滋賀草津市にある立木神社です。

今から約1250年ほど前に創建された古社で、
江戸時代の東海道五十三次の宿場町「草津宿」にあり、
東海道に面して鎮座する当社は草津宿の歴史絵巻物にもその姿が描かれ、
厄除けや交通安全の神社として親しまれてきました。




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ナナモリ(楽)s御祭神は武甕槌命

社伝によりますと創建は神護景雲元年の767年、
御祭神である武甕槌命が常陸国(現・茨城県)の鹿島神宮を白鹿に乗り旅に出られ、
諸国を経てこの地に到着し手に持たれた柿の鞭を社殿近くに刺し、
「この木が生え付くならば吾永く大和国三笠の山(春日大社)に鎮まらん」と言ったところ、
鞭が根付き柿の木になり枝葉が茂ったため、
この木を崇め社殿を建て社名を立木神社と称したのが始まりと伝えられています。




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ナナモリ(楽3)s当社で行なわれる「草津のサンヤレ踊り」も有名です。

毎年5月3日に行なわれる五穀豊穣と無病息災を願う祭礼にて踊る踊りで、
武甕槌命が鹿に乗ってこの地へと来た時に矢倉地区に先住していた人々が、
神をお迎えするにあたり踊りを以って迎えたのが始まりという踊りです。


踊りは花笠や襷をした子どもが踊りの中心で、
二列になった踊り手は踊り場に到着すると両列が向かい合ったり、コの字形に並んだりしながら、
太鼓やササラ、笛などを打ち鳴らして賑やかに囃し立てながら短い踊りを繰り返します。

ちなみに「サンヤレ」という言葉は「幸あれ」が転じた言葉とされています。



立木神社01-21






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▼淡島神社(加太)-紀文稲荷社・雛倉など▼ - 2018.08.26 Sun

淡島神社02-01

淡島神社02-02淡島神社02-03淡島神社02-04淡島神社02-05



ナナモリ(楽3)s淡島神社の本殿左手には摂末社などが鎮座しています。

本殿の左手、招き猫や福助の多く並ぶ参道の奥にあるのは「雛倉」で、
この紀州徳川家10代藩主治宝建立の白い社には、
かつては徳川家より奉納された雛人形が入っていましたが、
現在は他に移され古い雛人形のみが納められています。



淡島神社02-08

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ナナモリ(笑)s絵馬掛の右側にあるのは「御神水」と「大国主社と塩壷」です。

二階建ての様にになっている上階の社が「大国主社」で、
淡島神社の御祭神である少彦命名とともに国つくりを行った大己貴命がお祀りされています。



その大国主社の下にあるのが「塩壷」というもので、
この水を歯につけると歯痛が消えたという言い伝えがあり、
身体の痛い部分にこの水をつけると治るとされ、通称「お歯黒石」とも呼ばれています。


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ナナモリ(普b-01)s大国主社の右手にある階段を上りますと「紀文稲荷社」が鎮座しています。

紀文稲荷社は紀国屋文左衛門が奉納したお稲荷さんで、
淡島神社の近くで生まれ巨万の富を築いた紀国屋文左衛門が、
江戸に移り住む前にここに奉納したと伝えられています。



淡島神社02-19


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ナナモリ(喜)s紀文稲荷社へと登ってきた階段の右手にあるのは「遷使殿」です。

ここには御祭神の少彦命名の使い神である蛙がお祀りされており、
社殿内には多くの蛙の像が置かれており、
本殿で祈願したことを伝えて下さいと使い神に託す社となっています。


階段を下りたところ、本殿の裏手にあるのは「末社」で、
格子に多くの絵馬が掛けられたこの社には淡島神と八百万の神がお祀りされており、
淡島神は婦人病にかかったため淡島に流されたという伝承から、
安産・子請授・婦人病等、女性の願いが叶うといわれ、
祈願のため自身の履いていた下着を奉納するという風習があります。

淡島神社02-24





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▼淡島神社(加太)-本殿▼ - 2018.08.21 Tue

淡島神社01-03

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ナナモリ(楽2手2)s和歌山和歌山市加太にある淡嶋神社(あわしまじんじゃ)です。

全国に約1000社余りある淡島神社(淡嶋神社)・粟島神社・淡路神社の総本社で、
式内社「加太神社」の比定社の一つであり、
和歌山県内でも屈指の古い歴史を誇る神社です。



淡島神社01-07


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ナナモリ(普b-01)s御祭神は少彦名命、大己貴命、息長足姫命

創建は神功皇后が三韓出兵の帰途瀬戸の海上での突然の嵐に遭遇し、
沈みそうになる船中で神功皇后が祈りを捧げたところ、
「船の苫を海に投げ、その流れのままに船を進めるように」とお告げがあり、
その通りに船を進めると、ひとつの島にたどり着く事が出来ました。

その島が友ヶ島であり無事入港できたことを感謝し、
持ち帰った三韓渡来の宝物と少彦名命と大己貴命を、
友ヶ島のうちの神島(淡島)に祀られたことが始まりと伝えられています。

その後、神功皇后の孫である仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来た際に、
島では不自由であろうと考え社を対岸の加太、現在の場所に移されました。



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淡島神社01-15

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ナナモリ(驚)s他にもこの神社は人形供養の神社としても有名です。

社殿や境内に並べられた約2万体ともいわれる無数の人形は圧巻で、
雛人形や市松人形に七福神や熊や狸の置物など様々な種類の人形が、
それぞれの種類に分かれて並べられ賑やかな雰囲気となっています。


江戸時代に淡島願人と呼ばれる人々が淡島明神の人形を祀った厨子を背負い、
淡島明神の神徳を説いて廻り淡島信仰を全国に広めたことから、
後に人形供養の神社としても有名になったのだと考えられます。

また針供養の神社としても有名で境内には針塚が建てられており、
近年では縫い物をする機会が少なくなっていることから奉納される針の数も減りましたが、
毎年2月ごろに全国から集められた針を供養するお祭りが行なわれます。

淡島神社01-23







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