◎あちこち神社◎
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2020-12

▼矢作神社の例祭と御朱印▼ - 2020.11.05 Thu

矢作神社例大祭2020-01

先月のことですが、
愛知県岡崎市にある矢作神社へお参りに行ってきました٩( 'ω' )و

以前の矢作神社の記事はこちら→

矢作神社は小さな神社ですが歴史は古く日本武尊により素戔嗚尊がお祀りされ、
特に厄除け・疫病退散にご利益のある神社といわれています。

矢作神社例大祭2020-02

矢作神社例大祭2020-03矢作神社例大祭2020-04矢作神社例大祭2020-05

この日10月2日は毎年、矢作神社の例祭が斎行される日で、
1日は前夜祭で午後6時から、2日は本祭で午後2時から祭典が盛大に行われますが、
今年はコロナ禍による感染症予防対策により山車の曳き回しや余興などの神賑行事は全て中止となり、
感染防止に配慮しながらの祭典のみの斎行となっていました。


矢作神社例大祭2020-06

矢作神社例大祭2020-07矢作神社例大祭2020-08矢作神社例大祭2020-09

拝殿内に奉納されている初代の防護巡洋艦と二代目・矢矧の模型や艦影です。

今年、全世界で感染拡大している新型コロナウイルスで思い出された、
「忘れられていた100年前のスペイン風邪のパンデミックの再来」というテーマの報道特番で、
防護巡洋艦・矢矧とともにこちらの矢作神社もご紹介されました。

その理由は、スペイン風邪が全世界的に流行していた1918年(大正7年)11月に、
南洋での任務を終えシンガポールから帰国の途に就いた矢矧艦内での集団感染が発生し、
副艦長を含めた乗組員469名のうち1割以上に当たる48名もの犠牲を出した大惨事を受け、
艦名ゆかりの当社分霊を「艦内神社」として祀ったという経緯からです。

それに際して写真額の奉納(1920年(大正9年)5月27日)、分霊の艦上安置(1920年9月7日)、
乗組員により製作された1/100模型の奉納(1921年10月末)と乗組員全員の参拝も実施されました。

ちなみに矢作神社の分霊を矢矧艦内に安置し、
それを艦内神社としたのはこの時が海軍内で最初のことであり、
のちに艦内神社という伝統が海軍全体に広まった先駆けといわれています。


矢作神社例大祭2020-10

こちらは当宮司さんのご好意により見せていただいた、
二代目阿賀野型軽巡洋艦・矢矧進水時に作られたと言う杯の複製です。

萩と矢のデザインが洒落ていますね♪

矢作神社例大祭2020-11

矢作神社例大祭2020-12矢作神社例大祭2020-13矢作神社例大祭2020-14

例祭時には普段開けられていない拝殿の蔀戸などが全て開けられ、
軍艦矢矧ゆかりの奉納品や三十六歌仙額や、
有形民族文化財の絵馬群などもご覧いただけるようになっています。


矢作神社例大祭2020-15

短いご紹介ですが矢作神社の2020年の例祭でした。

今年は祭典のみの斎行となりましたが、
来年は盛大な例祭が斎行できるようになっていますと良いですね(o´ω`o)


矢作神社例大祭202016

あと、こちらの神社の御朱印は艦影がデザインされた大変珍しいものとなっており、
神社の御朱印として船の絵が描かれたのは全国的にもこちらと、
熊本県球磨郡の市房山神宮下宮・里宮神社の二社だけなのだそうです。

ただし矢作神社は宮司さんが常駐しておられず、
御朱印御朱印帳をお受けになるには祭りの日にあわせてお参りするか、
事前の電話連絡が必要となりますのでご注意くださいませ。







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▼上野天神宮(菅原神社)-松尾神社・鐘楼など▼ - 2020.05.13 Wed

上野天神宮(菅原神社)02-01

上野天神宮(菅原神社)02-02上野天神宮(菅原神社)02-03上野天神宮(菅原神社)02-04


ナナモリ(普b)s上野天神宮(菅原神社)の境内社の松尾神社です。

御祭神は大山咋命
京都の松尾大社を総本社とする神社で御祭神は「神々の奉行」といわれています。
造りの盛んな地域でよく御祀りされている神社でここ伊賀では、
伊勢志摩サミットの乾杯となった「半蔵」やドラマになった「るみ子の」などが有名です。


ちなみに俳聖・松尾芭蕉とも縁の深い神社でもあり、
芭蕉がその処女作である「貝おほひ」の自序の末尾に、
「神楽の発句を巻軸にをきぬるハ、歌にやハらぐ神心といへば、
小歌にも予がこころざすところの誠をてらし見給ふらん事をあふぎて、
当所あまミつおゝん神の御やしろの手向ぐさとなしぬ」
寛文拾二年正月廿五日伊賀上野松尾氏宗房、釣月軒にしてミづから序す。
とありここでの「あまミつおおん神の御やしろ」は当社のことです。


上野天神宮(菅原神社)02-05

上野天神宮(菅原神社)02-06上野天神宮(菅原神社)02-07上野天神宮(菅原神社)02-08上野天神宮(菅原神社)02-09


ナナモリ(楽3)s
こちらも境内社である美加多神社と高原稲荷神社です。

美加多神社の御祭神は比地山神・八重事代主神・火之迦具土神・木花咲夜比売神
高原稲荷神社には宇迦之御魂大神を御祀りしています。



上野天神宮(菅原神社)02-12


上野天神宮(菅原神社)02-13上野天神宮(菅原神社)02-14



ナナモリ(笑)s
こちらは本殿左手にある神社では珍しい「鐘楼」です。

神仏習合時代の名残を残す江戸時代前期(1600年代後期)に建てられた鐘楼で、
同じく江戸時代中期に建てられた入り口にある楼門と共に、
平成5年(1993)3月8日に県の指定文化財に指定されています。










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▼上野天神宮(菅原神社)-本殿▼ - 2020.05.07 Thu

上野天神宮(菅原神社)01-01

上野天神宮(菅原神社)01-02上野天神宮(菅原神社)01-03上野天神宮(菅原神社)01-04上野天神宮(菅原神社)01-05


ナナモリ(普b-01)s三重県伊賀市にある上野天神宮(菅原神社)です。

天正9年(1581年)の「天正伊賀の乱」の後、
天正13年(1585年)伊賀の領主となった筒井定次が菅原神社を祀ったのが創始とされ、
慶長13年(1608年)に藤堂高虎による城下町整備の際に城郭鎮守として再建されました。



上野天神宮(菅原神社)01-06上野天神宮(菅原神社)01-07上野天神宮(菅原神社)01-08上野天神宮(菅原神社)01-09



上野天神宮(菅原神社)01-16

上野天神宮(菅原神社)01-10上野天神宮(菅原神社)01-11上野天神宮(菅原神社)01-12上野天神宮(菅原神社)01-13



ナナモリ(楽2手2)s御祭神は菅原道真

他に上野村に祀られていた九社神社を相殿としてお祀りし、
元来は旧上野町六千戸の産土神として、
農耕神祇(のうこうじんぎ)に発祥する神々を祀る神社でもあり、
通称・お天神さんとして地元の方々に崇敬されている惣社です。



上野天神宮(菅原神社)01-18



上野天神宮(菅原神社)01-14上野天神宮(菅原神社)01-15上野天神宮(菅原神社)01-16上野天神宮(菅原神社)01-17


ナナモリ(楽2)s10月に行われる「上野天神祭(うえのてんじんまつり)」は特に有名です。

この御祭りでは鬼の面を着け奴振りを伴った鬼行列が有名で、
京都の祇園祭の山鉾に似た楼車(だんじり)の巡行され、
祇園祭で奏でられるものが元になったといわれているお囃子が、
楼車の上で奏される類例の少ない貴重な行事です。


この御祭りは2016年12月1日に全国33ヶ所の「山・鉾・屋台行事」の一つとして、
ユネスコ無形文化遺産に登録されました。


上野天神宮(菅原神社)01-19






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▼石上神宮-大イチョウと鏡池のワタカ▼ - 2020.01.23 Thu

石上神宮・大イチョウと山之辺の道01

ナナモリ(普b-01)s石上神宮神社以外の名所などをご紹介です。 

石上神宮の御神木のなかでも有名なのが、
本殿向かって右手奥の布留社のある方向にある、
秋頃になると黄金色になる大イチョウです。


石上神宮・大イチョウと山之辺の道02

この大イチョウは高さ約30m、幹周り3.26m、樹令は約300年と言われ、
天理市内の各所から見ることができるそうで、
2kmほど離れた天理駅のJRのプラットホームからも見えるほどです。


石上神宮・大イチョウと山之辺の道03

石上神宮は『万葉集』に「石上布留の神杉…」と詠われるほど、
古くには数多くの神杉が繁茂している神社で、
現在もその子孫の神杉が数本あります。

本殿近くにあるこの「東側神杉」は樹齢は350年を越え、
幹囲り3.4m、高さ約30mにもなる大きさの杉となっています。


石上神宮・大イチョウと山之辺の道04

石上神宮・大イチョウと山之辺の道05こちらは参道途中にある「鏡池」です。
この鏡池は江戸時代の書物でも古くから「石上池」と呼ばれていた、
とことが記されている古い池で、
奈良県の天然記念物に指定されている「ワタカ」という魚が生息しています。



ナナモリ(楽2手2)s
ワタカは我が国特産の鯉科の淡水産硬骨魚で、
別名を「馬魚(ばぎょ)」と言い、
体は細長くてひらたく、頭は小さく眼は大きく、体色は背部が緑青色である他は銀白色の魚です。



この「馬魚」という別名には伝説があり、
南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に御潜幸になる途中、
石上神宮の神宮寺であった内山永久寺の萱御所に入御された際に、
天皇のあとを追って来た赤松円心らの軍勢も当神宮の辺に到着し軍馬がしきりに嘶き、
それに天皇の御乗馬が応じて嘶こうとしたため、
円心等にさとられるのを憂いた従者が御乗馬の首を斬って本堂前の池に投じたところ、
本堂池に草を食べる魚が住みつくようになり、人々はこれは御乗馬の首が魚になったのだと考え、
「馬魚」と呼ぶようになったと伝えられています。


石上神宮・大イチョウと山之辺の道07

石上神宮・大イチョウと山之辺の道08石上神宮・大イチョウと山之辺の道09


ナナモリ(喜)s
またここ石上神宮では境内に居るニワトリも有名です。
現在約30羽が参道をはじめ境内の各所にいるそうで、
長鳴鶏(ながなきどり)の一種の東天紅(とうてんこう:高知県産・天然記念物)、
烏骨鶏(うこっけい:天然記念物)、採卵用種のレグホン・ミノルカなどが棲んでいます。




石上神宮・大イチョウと山之辺の道10

石上神宮・大イチョウと山之辺の道11石上神宮・大イチョウと山之辺の道12

境内を横切るように「山之辺の道」が通っています。

こちらは大神神社・桜井市方面へ向かう道で、
この山之辺の道をずっと歩いていきますと着きます。

現在この山の辺の道はウォーキングルートとして整備されており、
週末や休日以外にも多くの方が散歩を楽しんでいます。

石上神宮・大イチョウと山之辺の道13



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▼石上神宮-布留社や摂社など▼ - 2020.01.17 Fri

石上神宮・摂社末社など01

石上神宮・摂社末社など02石上神宮・摂社末社など03石上神宮・摂社末社など04


ナナモリ(笑)s石上神宮本殿中庭の楼門より出て南、
目の前の少し高い場所にある摂社末社へと向かいます。

石段を登った先には摂社3社と末社1社があり、
左手のさらに高くなった場所に4社が鎮座し、
右手に大きな変わった形の摂社拝殿あります。


ちなみにかつて斎宮があったとされる場所は、
4社ある場所の真裏辺りだと伝えられています。

石上神宮・摂社末社など05

石上神宮・摂社末社など06石上神宮・摂社末社など07石上神宮・摂社末社など08石上神宮・摂社末社など10


ナナモリ(喜2)s石上神宮摂社の出雲建雄神社です。
御祭神は出雲建雄神
江戸時代中期に成立した縁起では天武天皇の頃、当社の神主・ 布留邑智(ふるのおち)が、
ある夜、 布留川の上に八重雲が立ちわき、 その雲の中で神剣が光り輝いている、 という夢を見、
「吾は尾張氏の女(宮簀媛)が祭る神である。この地に天降って皇孫を保じ諸民を守ろう」と託宣があり、
ここに社を建て草薙剣の荒魂を御祀りしたのが始まりと伝えられています。


右隣の小さな社は末社・猿田彦神社で猿田彦神と住吉大神、高靇神。住吉大神を御祀りし、
江戸時代には、祭王御前・山上幸神・道祖神社などと呼ばれ、
現在地よりさらに東の山中にお祀りされていましたが 明治10年に現在地に遷されました。
元々は当社神宮寺である内山永久寺の鎮守社である住吉神社で祀られていたものと伝えられています。


石上神宮・摂社末社など11

石上神宮・摂社末社など12石上神宮・摂社末社など13石上神宮・摂社末社など14


ナナモリ(楽3)sこちらは摂社・天神社と七座社

御祭神は天神社は高皇産霊神、神皇産霊神、
七座社には生産霊神、足産霊神、魂留産霊神、大宮能売神、
御膳都神、辞代主神、大直日神が御祀りされています。


江戸時代には天神社は天神御祖神殿・八王子殿など、七座社は長庄神殿などの名で呼ばれ、
石上神宮の鎮魂祭と深い関係のある上古から御鎮座になっていると伝えられている神社です。


石上神宮・摂社末社など16

石上神宮・摂社末社など15石上神宮・摂社末社など17


ナナモリ(驚)sこちらの大きな建物は国宝の出雲建雄神社拝殿です。

元は神宮寺・内山永久寺の鎮守の住吉社の拝殿で、
お寺が神仏分離令により明治9年に廃絶したあとも住吉社として残っていましたが、
本殿も明治23年に放火によって焼失し、拝殿だけが荒廃したまま残されていましたので、
出雲建雄神社の拝殿として移築されました。

そのため鳥羽天皇の永久年間に創建された内山永久寺の建物の遺構として国宝に指定されています。
また中央に通路(馬通)があることから「割拝殿」とも呼ばれています。


石上神宮・摂社末社など18

ここから更に山の辺の道を奈良市方面へ進み奥へと向かいます。


石上神宮・摂社末社など19


ナナモリ(普b-01)sそして見えてくるのが禁足地(きんそくち)布留社です。

当神宮にはかつては本殿は無く拝殿後方のこの禁足地を「布留高庭」「御本地」と称し、
その中央に主祭神が埋斎され、諸神は拝殿に配祀されていました。
現在は神職以外は入れませんが、
今も布留社と刻まれた剣先状石瑞垣で囲まれ昔の佇まいを残しているそうです。




石上神宮・摂社末社など20






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