◎あちこち神社◎
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2018-02

▼相賀神社▼ - 2018.02.11 Sun

相賀神社03

相賀神社01相賀神社02相賀神社04相賀神社05




ナナモリ(普b-01)s三重県北牟婁郡紀北町相賀にある相賀神社(あいがじんじゃ)です。

熊野古道馬越峠の最寄り駅JR相賀駅より徒歩2分、
国道42号線の旧海山町の相賀交差点の東角に鎮座しています。

神社裏の山を削り国道42号線が通っている為道路からは分かりづらくなっています。


相賀神社06

相賀神社07相賀神社10相賀神社08相賀神社09

ナナモリ(楽)s御祭神は國常立尊、國狹槌尊

明治時代に相賀地区の数多くの神社を合祀しているため、
他に田別命、素盞男命、武甕槌命、大山祇命、倉稲魂命、罔象女命、
市杵嶋姫命、迦遇突智命、表筒男命、中筒男命、底筒男命と、
多くの御祭神がお祀りされています。


当社の創始については不詳でありますが「紀伊続風土記」によりますと、
ここ相賀は紀北にあって最も早く集落を形成した地域と伝えられていることから、
当時より村の鎮守として変わらずこの地に鎮座していたと考えられます。


相賀神社13

相賀神社14相賀神社15相賀神社16相賀神社17



ナナモリ(喜)s他に見所としまして拝殿左手奥の竹林に楠の巨樹や、
本殿左右には環境省巨樹データベースにも登録されている杉の巨木、
寛冶8年(1094)の「庄治氏旧紀」に「二天八王子前に石灯籠一基あり」と、
そう記された石灯篭が拝殿右手より回り込んだ場所にあります。

この石灯篭は相賀神社で最も古い建造物となっています。



相賀神社18

江戸時代には、これから熊野古道馬越峠へと向かう多くの巡礼者がお参りして行ったことでしょう。


相賀神社20




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▼富士山本宮浅間大社-桜の馬場・鉾立石▼ - 2018.01.28 Sun

桜の馬場-鉾立石01

富士山本宮浅間大社の一の鳥居から本殿までの参道の見所のご紹介です。



桜の馬場-鉾立石04

桜の馬場-鉾立石02 />桜の馬場-鉾立石05桜の馬場-鉾立石03


ナナモリ(楽2)s富士山本宮浅間大社の楼門は1604年(慶長9年)に、
拝殿・舞殿・本殿とともに徳川家康によって造営され、
半2階入母屋造で正面と左右に扉がつく立派なものとなっています。

また掲げられている「冨士山本宮」の扁額は1819年(文政2年)の、
聖護院入道盈仁親王の筆によるものとのことです。



その楼門の前にある石は「鉾立石」というもので、
浅間大社から山宮浅間神社へと神様が行き来する神事の際に、
鉾を立て神様が鉾を依り代にして神社を行き来るための石です。

かつてはその道沿いに沢山の鉾立石がありましたが、
明治時代に神事が廃止されてからはほとんどが取り除かれ、
神社の境内に残されているのみとなっています。


桜の馬場-鉾立石06


ナナモリ(笑)s
楼門前で東西にのびる砂場は「桜の馬場」です。

ここでは五月の春季大祭にて「流鏑馬(やぶさめ)祭」が催され、
鎌倉武士に扮した射手が疾走する馬から矢を射るという、
神事流鏑馬式の勇壮な妙技が繰り広げられます。


桜の馬場-鉾立石07

社伝によりますとこの流鏑馬祭りの始まりは鎌倉時代の頃、
源頼朝が富士の巻狩りを行った際に浅間大社に流鏑馬を奉納し、
武運長久・天下太平を祈願したのが始まりとされており、
この参道にはも流鏑馬をする源頼朝の銅像が置かれています。


桜の馬場-鉾立石09

桜の馬場-鉾立石10桜の馬場-鉾立石11桜の馬場-鉾立石08



ナナモリ(喜)s
参道に架かる輪橋は大正天皇の御即位記念として石造りになった橋で、
橋の架かる鏡池はその形から「眼鏡池」とも呼ばれています。




桜の馬場-鉾立石12

これにて五回に亘った富士山本宮浅間大社の境内御案内シリーズは終了です。


桜の馬場-鉾立石13




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▼富士山本宮浅間大社-天神社-稲荷神社・厳島神社▼ - 2018.01.24 Wed

天神社-稲荷神社・厳島神社01

天神社-稲荷神社・厳島神社02天神社-稲荷神社・厳島神社03天神社-稲荷神社・厳島神社04天神社-稲荷神社・厳島神社05



ナナモリ(楽2)s富士山本宮浅間大社の末社・天神社です。

御祭神は菅原道真
水屋神社の北側、本宮境内後方の神立山への入り口に鎮座し、
維新後の一時期は「天満社」とも称していたそうです。



天神社-稲荷神社・厳島神社06


ナナモリ(喜)s
湧玉池の北に位置する天神社の右手には、
2008年の発掘調査により確認された、
社殿配置図(1670年)にある護摩堂の建物跡や石畳など、
神仏習合時代の遺構などが確認できます。



天神社-稲荷神社・厳島神社08

ナナモリ(楽)s末社・稲荷神社です。

御祭神は宇迦之御魂神・大宮能賣神・猿田毘古神
明治初期、社僧大蓮寺境内から遷され、
御手洗川(神田川)の西岸に鎮座しいます。



天神社-稲荷神社・厳島神社09

湧玉池から流れる御手洗川(神田川)に架かる橋を渡り中州へ


天神社-稲荷神社・厳島神社10


ナナモリ(普b-01)s末社・厳島神社です。

御祭神は市杵嶋姫神
湧玉池に浮かぶ島に鎮座し、
江戸期までは辨天社とも称されていました。



天神社-稲荷神社・厳島神社11

厳島神社の東側にも富士山から流れ出た溶岩が固まった地層がよく判る場所があります。


天神社-稲荷神社・厳島神社13


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▼富士山本宮浅間大社-水屋神社・湧玉池▼ - 2018.01.19 Fri

水屋神社-湧玉池01

浅間大社本殿の右手の東脇門を出たところにある「湧玉池」へと向かいます。


水屋神社-湧玉池04

水屋神社-湧玉池05水屋神社-湧玉池06水屋神社-湧玉池07水屋神社-湧玉池08


ナナモリ(楽)s湧玉池に面して鎮座する末社・水屋神社です。

御祭神は御井神、鳴雷神
富士山からの御霊水を守護する神社で、
水屋神社では平成の名水百選にも選ばれている富士山御霊水を、
汲み持ち帰ることができるようになっています。


但し、御霊水はそのまま飲むことができない為、
必ず煮沸させて飲むよう、お気を付けください。


また参道の上は藤棚となっており、
藤の季節には見事に連なる藤の花が見所となっております。


水屋神社-湧玉池09水屋神社-湧玉池10水屋神社-湧玉池11水屋神社-湧玉池12



水屋神社-湧玉池03

湧玉池の水源の岩の上に水屋神社は鎮座しています。


水屋神社-湧玉池02


ナナモリ(楽2手2)s富士山の雪解け水が湧き出す「湧玉池」です。

湧玉池を構成している水は、
すべて富士山の雪解け水が冷えて固まった溶岩の間を通り湧き出した伏流水からなるもので、
富士山登山者はこの霊水に禊ぎをして登山するという古くからの習わしがあり、
特別天然記念物にも指定されております。


湧玉池の水は1年間ほとんど増減なく毎日約30万tも湧き出ており、
水温は1年を通して13℃前後で一定しています。

水屋神社-湧玉池15

伏流水が湧き出すこのゴツゴツとした岩が地質の分かれ目となっており、
緑化している崖側は溶岩が固まって出来た地層です。


水屋神社-湧玉池16

ナナモリ(笑)sここは大昔に富士山から流れ出した溶岩がギリギリ到達した地点で、
流れ出て冷えて固まった溶岩の先端が「末端崖(まったんがい)」を形成し、
その地層の中を富士山から約15年の年月をかけ水が湧き出ています。

この溶岩が流れ出た富士山の噴火口からはここまでは約20kmで、
ある意味ここが富士山の裾の先端と言えるかもしれません。



水屋神社-湧玉池17

透明度の高い池の中には梅花藻も見えます。


水屋神社-湧玉池18

「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」 (平兼盛)






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▼富士山本宮浅間大社-三之宮浅間神社・七之宮浅間神社▼ - 2018.01.15 Mon

三之宮浅間神社-七之宮浅間神社01

ナナモリ(普b-01)s本殿向かって左手に鎮座する摂社・三之宮浅間神社と浄砂です。

江戸時代には境内・境外に摂社19社、末社15社と多くの摂末社を抱えていた浅間大社でしたが、
安政大地震により大破し内陣に合祀されたり明治以降の統廃合により、
現在は境内に摂社2社・末社4社を抱える神社となっています。


境外にあった摂末社などは実情独立した別個の神社となって現在も周辺に鎮座しています。

三之宮浅間神社-七之宮浅間神社02

こちらは摂社・三之宮浅間神社です。

御祭神は浅間第三御子神
「駿河国神名帳」に列する正三位浅間第三御子明神と考えられ、
江戸期までは三之宮と称されていました。


三之宮浅間神社-七之宮浅間神社03

三之宮浅間神社の左隣にある注連縄の張られた盛砂は「富士山浄砂(きよめずな)」です。

この砂は敷地の隅に撒いて清めたりする「お砂取り」に使われるもので、
富士山奥宮の清浄な土地の砂をお守りとしたり、家の敷地を清める為に撒いて使用します。
授与所に申し出れば一握りほどいただけるそうです。



三之宮浅間神社-七之宮浅間神社04


ナナモリ(楽2)s本殿右手に鎮座するのは摂社・七之宮浅間神社です。

御祭神は浅間第七御子神
「駿河国神名帳」に列する正三位浅間第七御子明神と考えられ、
江戸期までは七之宮と称されていたそうです。


三之宮浅間神社-七之宮浅間神社05

「駿河国神名帳」には浅間御子明神の名で第一御子明神から第十八御子明神までの記載されていますが、
このうち第三御子神・第七御子神は本宮境内に摂社として祀られ、
第一御子神は若之宮浅間神社に第二御子神が二之宮浅間神社にと、
境外の神社にて祀られています。

また一説には第八御子神・第十八御子神は米之宮浅間神社に祀られているとされていますが、
その他の御子神の所在は明らかとなっていません。


三之宮浅間神社-七之宮浅間神社07


ナナモリ(驚)s

本殿と社務所の中間辺りに置かれている二つの石は、
火山弾」と「南極の石」という他の神社ではなかなか見かけないものです。



三之宮浅間神社-七之宮浅間神社08

こちらは「南極の石」で、
南極奥地より氷河によって運ばれ、
地吹雪により風化し独特の風合を醸し出した石です。

第7次南極観測船(1965)の砕氷船「ふじ」の乗組員であった、
富士宮市出身の赤池 稔氏が奉納されました。



三之宮浅間神社-七之宮浅間神社09

こちらは「火山弾」で重さは約100キロ。

この石は宝永大噴火の富士山噴火時に境内に飛んできたと言われる石で、
噴火の時に地中の岩漿(がんしょう)が火熱のため溶けて空中に吹き上げられ、
落下した際に酸化して冷却され固まったものでこのように整ったものは珍しいそうです。

ちなみにこの「宝永火口(ほうえいかこう)」を作った宝永大噴火では、
火山灰、火山礫、火山弾など飛び散った総量は9億トンともいわれ、
遠くは江戸の町にまで降ったと伝えられています。



三之宮浅間神社-七之宮浅間神社10






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