◎あちこち神社◎
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2017-08

▼一宮浅間神社(甲斐)-夫婦梅・斎田▼ - 2017.05.29 Mon

浅間神社(甲斐夫婦梅03

浅間神社(甲斐夫婦梅01浅間神社(甲斐夫婦梅02浅間神社(甲斐夫婦梅05



ナナモリ(喜)s浅間神社本殿北側にある「夫婦」です。

本樹は地上80cmのところで四本の枝に別れ、
ひとつの花から二つの実を結ぶという珍種のです、
古来より御神徳により子授けの霊験があると伝えられ、
参拝祈願して梅の実を請う方もおられるそうです。

毎年旧暦の四月第二亥日にに梅折(うめのおりえ)の神事が行なわれます。


浅間神社(甲斐夫婦梅09


浅間神社(甲斐夫婦梅07浅間神社(甲斐夫婦梅08



ナナモリ(楽2)s境内末社の神明社と真貞社です。

神明社は御祭神して天照皇大神をお祀し、
真貞社は貞観6年富士山噴火の時の八代郡擬大領、
社家の祖でである伴直真貞を御祭神としています。




浅間神社(甲斐夫婦梅10

ナナモリ(普b-01)s浅間神社の境内斎田です。

幣殿の南側の一角、
授与所と拝殿を繋ぐ廊下の横にある小さな斎田で、
毎年6月にお田植祭が行なわれます。


浅間神社の周辺では昭和40年代初頭に耕作としての田作りは終り、
ほとんどが果樹園となったため貴重な田圃となっています。



浅間神社(甲斐夫婦梅11









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▼一宮浅間神社(甲斐)-十二支まいり▼ - 2017.05.26 Fri

浅間神社(甲斐)十二支めぐり01

浅間神社拝殿右手から本殿裏へと廻れる道となっており、
摂社・末社や「十二支まいり」が出来るようになっています。


浅間神社(甲斐)十二支めぐり02

浅間神社(甲斐)十二支めぐり03浅間神社(甲斐)十二支めぐり04浅間神社(甲斐)十二支めぐり05浅間神社(甲斐)十二支めぐり06



ナナモリ(普b-01)s神輿倉の横にあるのが護国社と末社・七社です。

護国社は昭和40年代に建立され、当地(一宮町)の英霊458柱がお祀りされています。
七社はこの地域の信仰を集める神々をお祀りしており、
創建などは不詳ですが雨降大神、道祖神、稲荷大神、金刀比羅大神、
六所大神、加具土大神、天満宮・神明社の社となっています。


浅間神社(甲斐)十二支めぐり07

ナナモリ(楽2)s十二支まいりの道へと入るところにある「祓門」です。

大祓に使う人形の形にくり抜かれた石造りの門で、
くぐると厄や災難が祓われるとされています。



浅間神社(甲斐)十二支めぐり08

浅間神社(甲斐)十二支めぐり09浅間神社(甲斐)十二支めぐり10浅間神社(甲斐)十二支めぐり11浅間神社(甲斐)十二支めぐり15


ナナモリ(笑)s
祓門をくぐった先に「十二支まいり」の石像が十二体と並んでいます。

各干支一つ一つ台座の上に愛らしい石像が置かれ、
その年の干支や自分の生まれた年の干支にお参りできるようになっています。



また詳細は不明ですが富士山の形にくり抜かれた「富士石」や、
興玉石のような形をした「太陽神」という丸い石もあります。


浅間神社(甲斐)十二支めぐり13

浅間神社(甲斐)十二支めぐり14


ナナモリ(楽)s境内末社の稲荷社です。

このお社は竜王町に創業された日立製作所甲府工場の中の、
日立浅間神社(ルネサス浅間神社)の境内にあった社を移築したもので、
県内最大の企業内神社としての歴史を留めると同時に、
企業発展、商売繁盛を祈念して末社七社神社内の稲荷大神から新たに稲荷社として祀られたものです。


新しく御鎮座された社ですので朱塗りの鳥居は現在御奉納を頂き増やしているところのようです。


浅間神社(甲斐)十二支めぐり12





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▼一宮浅間神社(甲斐)-山宮神社遥拝所・陰陽石・亀ノ松▼ - 2017.05.22 Mon

浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松05

浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松06浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松07

ナナモリ(楽2手2)s浅間神社(の摂社・山宮神社遥拝所です。

この場所から東南約2km、神山の麓に御鎮座する山宮神社は、
当社の摂社であるとともに本宮でもありますが山中のお社であるため、
この場所からもお参りできるよう遥拝所が設けられました。


山宮神社にあった頃は大山祇神・天孫瓊々杵命・木花開耶姫命の三柱がお祀りされていましたが、
富士山噴火鎮護の目的で里宮である浅間神社へは木花開耶姫命のみが遷座されました。


浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松08


ナナモリ(楽)s山宮神社遥拝所すぐ横にある「陰陽石」です。

御祭神である木花咲耶姫命は子授け・安産・育児の神として広く信仰されているため、
この浅間神社には子授けや安産にまつわる石が多くあり、
代表的なものがこの女性の陰石と男性の陽石が一緒に配置してある陰陽石です。



陰陽石とは道祖神や塞の神として境界に祀られる男女生殖器に見立てられた石のことで、
主に陽石のみが配置されたりお祀りされることが多いですが、
こちらのような陰陽が組になったものは中部・関東地方に多くみられます。


浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松09

こちらは拝殿正面にある「子持石」という石で、
初宮詣の際に御参りする石です。


浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松11

こちらは両部鳥居の近くにある「枕石」という石で、
配置されている詳細は不明ですが、もとは子持ち石の横にあったそうです。

現在の浅間神社は富士山噴火鎮護として鎮座した神社ですが、
それ以前は山宮神社を遥拝する子授け・安産の神社であったため、
このように境内に多くの陰陽石があると考えられています。


浅間神社(甲斐)山宮遥拝・石・松10

ナナモリ(普b-01)s社務所前にある「亀ノ松」です。

明治の頃に浅間神社の社家・古屋蜂城 伴希真が蜂城山頂の天神社に籠もって願掛けをし、
その結願の日にいくつかの松の幼木を持って下山し、
境内に植えた松の内の一本がこの松だと伝えられています。


かつてはもう一本「鶴ノ松」があり対を成していたそうです。




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▼一宮浅間神社(甲斐)▼ - 2017.05.18 Thu

浅間神社(甲斐)本殿01

浅間神社(甲斐)本殿03浅間神社(甲斐)本殿04浅間神社(甲斐)本殿05浅間神社(甲斐)本殿06

ナナモリ(普b-01)s山梨県笛吹市一宮町一宮にある浅間神社(あさまじんじゃ)です。

延喜式神名帳の「甲斐国八代郡 浅間神社」の論社のうちの一社で、
古くは甲斐国一宮であり旧社格は国幣中社、現在は神社本庁の別表神社になっています。

こちらの浅間神社は一般的によく読まれる「せんげん」ではなく「あさま」と読みます。



浅間神社(甲斐)本殿08

浅間神社(甲斐)本殿07浅間神社(甲斐)本殿09浅間神社(甲斐)本殿10浅間神社(甲斐)本殿11


ナナモリ(楽2手2)s社伝によりますと垂仁天皇8年に神山の麓(現 摂社・山宮神社)に創建の後、現在の場所に遷座。

遷座の理由は『日本三代実録』によりますと、
貞観6年(864)から貞観8年(866)に富士山の「貞観大噴火」が発生し、
この噴火が「富士山本宮浅間大社」の祀怠慢が原因と見られたため、
朝廷の指示により甲斐国にも浅間神をお祀りする事となり貞観7年(865年)に遷座されます。

この後、浅間神社は駿河国(静岡県)だけでなく、
甲斐国(山梨県)にも多く創建される事となりました。


浅間神社(甲斐)本殿15

浅間神社(甲斐)本殿13浅間神社(甲斐)本殿14浅間神社(甲斐)本殿12浅間神社(甲斐)本殿18


ナナモリ(楽3)s神は木花開耶姫命 (このはなさくやひめのみこと)

木花開耶姫命は富士山を神格化した神であり、
旧社地である山宮神社に祀られていた3柱のうちの1柱で、
木花開耶姫命のみこちらの浅間神社へと遷座されました。


戦国時代には武田氏からの崇敬が篤く関係文書も多く伝わっており、
武田信玄奉納の「国次の太刀」や自詠の短冊などのほか、
当時から当社を一宮とする史料や当地にあった「一宮庄」の記載のある文書が保存されています。


浅間神社(甲斐)本殿19


浅間神社(甲斐)本殿16浅間神社(甲斐)本殿17浅間神社(甲斐)本殿20浅間神社(甲斐)本殿21



ナナモリ(喜)s当社を代表するりとして「大神幸」があります。

甲府盆地底部は笛吹川と釜無川両河川の氾濫原であったため、
古来から大雨による水害が発生する地域となっており、
そのことから始まった川除(水防)で、
竜王三社神社(信玄堤上)に神輿が渡御するお祭りです。


かつては甲斐国第一の大祭とされたこのお祭りは毎年4月・11月の亥の日に実施され、
一宮の当社とともに二宮の美和神社・三宮の玉諸神社が参加し、
三社が勧請され創建された竜王河原宿の三社神社まで渡御しました。

夏御幸と呼ばれる4月には行列が竜王まで向かうのに対し、
11月の冬御幸の行列は現在の甲府市上石田に鎮座する三社諏訪神社まで向かったそうです。

現在は4月15日の例大祭催行後に行われ、
竜王三社神社へのみ渡御するお祭りとなっています。



浅間神社(甲斐)本殿23

浅間神社(甲斐)本殿22浅間神社(甲斐)本殿24


ナナモリ(笑)sまた新しいお祭りとして「ワインコルク感謝祭」も行われています。

ここ山梨は日本一のワインの産地であり、
ワインコルク感謝祭」はワイナリー数社が集まってお祭りで、
ワインを永い年月守ってくれたコルクを開栓した後、捨てずに一年間貯め、
この祭りの日に感謝を込めての慰労と本年の葡萄の豊作を祈願しお焚き上げします。

多くの神社では御神酒として日本酒が奉納されていますが、
ここ一宮浅間神社では戦後の1965年(昭和40年)から、
山梨県で産出されたワインを御神酒として奉納することが行われており、
日本酒よりワインの方が多く奉納されています。


浅間神社(甲斐)本殿25





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▼大國魂神社-神戸稲荷神社・馬場大門欅並木▼ - 2017.03.08 Wed

大國魂神社-神戸稲荷神社02

大國魂神社-神戸稲荷神社03大國魂神社-神戸稲荷神社04大國魂神社-神戸稲荷神社06大國魂神社-神戸稲荷神社07大國魂神社-神戸稲荷神社08




ナナモリ(普b)s大國魂神社の末社・神戸稲荷神社(ごうどいなりじんじゃ)です。

御祭神は宇迦之御魂神
大國魂神社の大鳥居の右手すぐ横に鎮座し、
旧町内神戸(ごうど)の方々により勧請され崇敬されているため、
「ごうどいなりじんじゃ」と呼ばれています。



大國魂神社-神戸稲荷神社01





馬場大門欅並木01


ナナモリ(楽2手2)s大國魂神社の大鳥居前には「馬場大門欅並木」が続いています。

この馬場大門欅並木(ばばだいもんけやきなみき)は国名勝天然記念物指定されており、
義・義家の父子が奥州征伐の途中当社に戦勝を祈願し、
凱旋時に欅の苗木1000本を奉樹したのが府中の欅並木の発端と伝えられています。


現在は最初に奉樹された当時の欅はまったく残っていませんが、
徳川家康が江戸入城(天正18年1590)した後、江戸の開幕を祝して慶長年間に欅並木に補植し、
また関ヶ原・大阪両陣の奉賽のため両側に馬場を寄進した当時のものが、
拝殿より欅並木に向かい旧甲州街道手前右側こ樹齢約600年の欅並木最古の欅としてあります。


馬場大門欅並木02





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