◎あちこち神社◎
topimage

2017-04

▼大河内神社・志等美神社▼ - 2012.03.17 Sat

大河内神社・志等美神社01大河内神社・志等美神社02大河内神社・志等美神社03大河内神社・志等美神社04

ナナモリ(楽2手2)s上社(かみのやしろ)の社地と隣あわせに鎮座している、豊受大神宮摂社志等美神社(しとみじんじゃ)と同じく摂社・大河内神社(おおこうちじんじゃ)です。
上社の鳥居をくぐると右手に二つの玉垣に囲まれた社殿が見えてきます。
手前は末社・打縣神社、奥にあるのが摂社・志等美神社大河内神社になります。

中世には廃絶し社地の選定ができず、しばらく外宮宮域内の岩戸坂に祀られていました。

大河内神社・志等美神社05大河内神社・志等美神社06大河内神社・志等美神社07大河内神社・志等美神社08


ナナモリ(普b-01)s御祭神は志等美神社には久久能智神(くくのちのかみ)
大河内神社は大山祗神(おおやまづみのかみ)となっています。

久久能智神は木の神で大山祗神とともに宮川堤防の守護神として祀られ、志等美神に従五位下、 打懸名神・大河内神に従四位下の神位が奉じられました。

神宮摂末社の中で神階のあるのはこの3社だけです。

大河内神社・志等美神社09大河内神社・志等美神社10大河内神社・志等美神社11大河内神社・志等美神社12




にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村



スポンサーサイト

▼打懸神社▼ - 2012.03.13 Tue

打懸神社01打懸神社02打懸神社03打懸神社04

ナナモリ(楽2)s伊勢市に流れる宮川の度会橋より500mほど、材木工場が集まる一角に上社があり。
その境内に3つの摂社末社が鎮座しております。

今回はその1つ豊受大神宮末社打懸神社(うちかけじんじゃ)です。
この神社は式年遷宮でお木曳車が陸曳きされるコースのすぐ近くにあります。


打懸神社05打懸神社06打懸神社07打懸神社08


ナナモリ(笑)s御祭神は打懸名神(うちかけみょうじん)。

古代に宮川の洪水で悩まされた人々は、この地に三つの堤防守護の神を祀ったと伝えられており、また社名の打懸の懸(かけ)は懸税(かけちから)の懸を意味し、五穀豊穣の守護神でもあります。

打懸神社の奥には志等美神社大河内神社が鎮座してます。

打懸神社09打懸神社10打懸神社11打懸神社12



にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

▼清野井庭神社▼ - 2012.02.22 Wed

清野井庭神社01清野井庭神社02清野井庭神社03清野井庭神社04

ナナモリ(楽3)sJR参宮線山田上口駅の近く、住宅地の中に鎮座する豊受大神宮摂社清野井庭神社です。
神社のすぐ裏側には清野井児童公園があり、とても地域に密着しているようです。

外から見る感じでは豊受大神宮摂社としては小さい印象を受けますが、境内に入ると数本の巨木が立ち外削の千木で造られた社殿は外宮摂社の風格があります。


清野井庭神社05清野井庭神社06清野井庭神社07清野井庭神社08


ナナモリ(楽)s御祭神は草野姫命(かやのひめのみこと)。
御祭神である草野姫命はこの地の灌漑用水の守護神であり、屋船神の分霊とも伝えられています。

屋船神は、 古くは屋船久々能遅命屋船豊宇気姫命とも称され、 豊受大神宮の家屋守護の神の神霊の名であり、また大殿祭祝詞には稲霊とあります。

清野井庭神社09清野井庭神社10清野井庭神社11清野井庭神社12

ナナモリ(笑)s「清野」という名は、かつて山田原の原野の1つであったこの地のことで、そこの井庭(田畑に水を引き入れるための堰)の神を奉ったのが清野井庭神社の起こりといわれています。

式内社・清野井庭神社に比定される古社ですが、中世以後はやくに社地不明となり廃絶し、寛文3年の摂社再興のときに現在の場所、大間国生神社の東に再興されます。


清野井庭神社13清野井庭神社14清野井庭神社15清野井庭神社16

ナナモリ(普b-01)sしかし再興時の社地選定において異説があり、現在の山田産土神の一つ「今社」の位置が本来の鎮座地であったとする説があります。

清野井庭神社は社殿の裏手に公園があるためか、日中は子ども達の遊ぶ声が聞こえ、神社には明るい雰囲気があります。


清野井庭神社17清野井庭神社18清野井庭神社19




にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村 

▼草奈伎神社▼ - 2011.10.06 Thu

草奈伎神社01草奈伎神社02草奈伎神社03草奈伎神社04


ナナモリ(楽2手2)s豊受大神宮摂社(外宮)・草奈伎神社(くさなぎじんじゃ)です。

草奈伎神社は、式内社・草名伎神社に比定されている古社であり、
外宮第一の摂社として尊崇されてきた神社です。

他の摂社と異なり、外宮摂社では唯一神職が参向して奉仕し祭祀を行います。

草奈伎神社05草奈伎神社06草奈伎神社07草奈伎神社08


ナナモリ(普)s御祭神は標劔仗神(みしるしのつるぎのかみ)

度会氏の祖・大若子命が垂仁天皇にこの剣を賜り勅命により、越国(福井・石川・富山・新潟)の阿彦という凶賊を平らげ、大幡主命の名を賜ったと伝わっています。

「草奈伎(くさなぎ)」の社号に関しては、倭姫命から日本武尊へ授けられる以前に神宮にあった草薙剣の御魂を祀るという説や、阿彦を討伐した大若子命の剣を草薙剣に例えたものという説などがあり定かではありません。

草奈伎神社09草奈伎神社10草奈伎神社11草奈伎神社12


ナナモリ(楽)s大若子命と天皇より勅命とともに賜った標剣を祀る草奈伎神社と大間國生神社は同じ境内にあり、社域中に入ると思ったより広くなっています。

入り口には石積の蕃塀が築かれており古式の雰囲気を残しています。


ちなみに大若子命(大幡大神)は松阪市の櫛田神社にも祀られており、博多祇園山笠で有名な博多の櫛田神社はそこからの勧請社であります。

草奈伎神社13草奈伎神社14草奈伎神社15





にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村





▼大間国生神社▼ - 2011.10.04 Tue

大間国生神社01大間国生神社02大間国生神社03大間国生神社04


ナナモリ(普)s豊受大神宮摂社大間国生神社(おおまくなりじんじゃ)です。
草奈伎神社域内に鎮座され造宮使造替三社の一つであります。

地図では草奈伎神社大間国生神社が別々に記載されていますが、入り口は一つです。



大間国生神社05大間国生神社06大間国生神社07大間国生神社08



ナナモリ(楽)s御祭神は大若子命(おおわかこのみこと)と乙若子命(おとわかこのみこと)。

両祭神は伊勢の国造であった天日別命(あめのひわけのみこと)の子孫で、皇大神宮の鎮座に功績があり大間広と呼ばれるこの地域を開拓された神です。
御垣内の向かって右の社が大間社で大若子命を祀り、左は国生社で乙若子命が祀られております。


大間国生神社09大間国生神社10大間国生神社11大間国生神社12



ナナモリ(普b-01)s大若子命天日別命の後裔で、この地を支配してきました。
皇大神鎮座のとき、 大幡主命・物部八十友の諸人等を率いて荒御魂宮地の荒い草木根刈掃い、大石を取り平らげて大宮を定め奉ったといわれています。

また大若子命は11代垂仁天皇から御剣仗(草薙剣)を賜り、越国の凶賊・阿彦を討っています。

子孫はその職を世襲し天武天皇のとき改めて豊受大神宮祢宜に補せられ、 明治維新まで続きます。
代々外宮の神職として奉職した度会氏がそれです。

大間国生神社13大間国生神社14大間国生神社15


ナナモリ(楽2)s大間国生神社は早くに廃絶し所在不明となります。

しかし廃絶した他の殆どの摂社が大宮司・大中臣精長の寛文3年の一連の再興事業によって復興したのに対して、当社はそれよりも早く正保2年に一禰宜・度会常晨により草奈伎神社とともに再興されました。



にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

七森

Author:七森
あちこち出かけた先で撮影した
神社の写真です。

あと日常の写真も少々~♪

なぜかちょっぴりお菓子のレシピも(*´Д`)

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

神社・お寺巡り ブログランキングへ blogram投票ボタン

カウンター

カテゴリー

☆PR☆

ソーシャルミュージックサイト OKMusic 音楽に参加しよう! ワクワクを世界に届けよう♪ サイフもココロもハッピーに!ちょびリッチ

○義援金・募金のお願い○

募金のご協力お願いします。

クリックで救える命がある。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

(・∀・)人(・∀・)

この人とブロともになる

ブロとも募集中でっす♪

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサードリンク

RSSリンクの表示