◎あちこち神社◎
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2019-11

▼厳島神社・反橋、鏡の池など▼ - 2019.08.17 Sat

鏡の池02

厳島神社には社殿以外にもいろいろと見所があり、
今回は厳島神社の名所を幾つかご紹介します。


鏡の池01

こちらは「鏡の池」という名所で客神社と朝座屋を繋ぐ回廊の途中にあります。

厳島神社には主に「満潮の時の海水で社殿群が覆われた時の姿」「干潮の時の社殿群の姿」「夜景」と、
三つの表情があると言われ、この池はまさしく干潮時にしか見られない表情の一つです。

この池は満潮時の海水が残って出来た池のように見えますが、
実は淡水の水が湧き出ていると言われており、
一説には神社後方に流れる御手洗川の伏流水を利用したものと考えられています。

「鏡の池」は厳島神社の周辺に全部で三か所ありますので、
機会がありましたら是非探してみてくださいませ。


卒塔婆石01

もう一つ、朝座屋の近くにもある「鏡の池」
その中にポツンとある石が「卒塔婆石」です。

1177年安元3年に陰謀を企てた罪により平清盛から流刑を言い渡され、
鬼界ヶ島へ流された平 康頼が何とか本土へ再び帰り咲くためにと一計を案じ、
卒塔婆に「残してきた母親へ思い」や「反省を込めた思い」などを和歌にして卒塔婆1本1本に書き連ね、
潮の流れを利用して本土へ流れ着くことを祈って流したものがここに流れ着き、
その卒塔婆が清盛の下へと届けられ無罪放免となって帰京を許されたという伝説があります。

そのときの卒塔婆が引っかかっていたのが鏡の池の中に見える石であったため、
「卒塔婆石」と呼ばれるようになったと伝えられています。

康頼灯篭01

そして「卒塔婆石」の奥に見える灯篭が「康頼燈籠(やすよりとうろう)」です。

この灯篭は厳島神社内では最古のもので、
平清盛に赦免された平 康頼が厳島の神に感謝し奉納したものです。

これら一連の出来事は「平家物語」にも登場し、
「卒塔婆流 (そとばながし)」と言う話となって語り継がれています。


反橋01

反橋02反橋03

天神社の裏手、西回廊にある「反橋(そりばし)」です。

別名では「太鼓橋(たいこばし)」や「勅使橋(ちょくしばし)」とも呼ばれ、
朝廷からの使者である勅使だけが通ることが許される橋として創建当時は作られました。

反橋には毛利元就・隆志元が造営した旨の銘がある擬宝珠があり、
現在のものは1577年弘治3年に毛利元就・隆元により再建されたものと伝わっています。

反橋04





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▼厳島神社・大国神社、天神社▼ - 2019.08.11 Sun

厳島神社・大国神社、天神社11

ナナモリ(楽2手2)s厳島神社本殿に向かって右手奥にある二つの社は、
大国神社と天神社です。

写真の社殿は天神社で左にちょっとだけ見えている朱色の屋根が大国神社です。



厳島神社・大国神社、天神社02

厳島神社・大国神社、天神社03厳島神社・大国神社、天神社04厳島神社・大国神社、天神社05



ナナモリ(普b-01)s西回廊の延長線上に鎮座するのは摂社の大国神社で、
御祭神は大国主命。

創立は不明ですが1467年頃と考えられ、
厳島神社の本殿への御供をお供えする「御供所」として当初は造営された為、
海水に浸からないよう他の社殿より一段高くなっています。


その後、神仏習合時代には大国主命の別称である大黒天が祀られ、
「大黒堂(だいこくどう)」とも呼ばれていたそうです。

厳島神社・大国神社、天神社01

大国神社へ続く回廊には奉納された地元のお酒が飾られています。


厳島神社・大国神社、天神社06

大国神社脇の絵馬が掛けられた回廊を奥へ進みますと厳島神社摂社・天神社です。



厳島神社・大国神社、天神社08

厳島神社・大国神社、天神社09厳島神社・大国神社、天神社07厳島神社・大国神社、天神社10厳島神社・大国神社、天神社12




ナナモリ(楽)s天神社の御祭神は菅原道真。
こちらの社殿は厳島神社の中で唯一質素な素木造となっています。

創建は1556年に毛利隆元によって「連歌堂(れんかどう)」として造営され、
明治初頭までここで歌会が催されていたそうです。


この天神社は厳島神社の中でも特によく災害による被害を受ける社殿で、
何度も土石流や台風による損壊や倒壊があってその都度修繕されましたが、
1945年(昭和20年)に発生した「枕崎台風(まくらざきたいふう)」では完全に土砂に埋まり、
その後の再建では戦国時代の3本の柱だけを残してすべて新調されました。


厳島神社・大国神社、天神社13

また天神社近くには潮の引いたときだけ、
手鏡の様に見えることから「鏡の池」と呼ばれる池が出現し、
こちらは厳島八景の一つ「鏡池秋月(かがみいけしゅうげつ)」になっています。






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▼厳島神社・門客神社▼ - 2019.08.05 Mon

厳島神社・門客神社09

ナナモリ(楽3)s厳島神社本殿の前方、平舞台の先にある二つの社が、
厳島神社・末社の門客神社(かどまろうどじんじゃ)です。

平舞台の前より大鳥居へ向けて突き出た桟橋のような「火焼先(ひたさき)」があり、
それを挟むようにして鎮座し覆屋(おおいや)の中に社があります。


それぞれ「右門客神社(みぎかどまろうどじんじゃ)」、
「左門客神社(ひだりかどまろうどじんじゃ)」と呼ばれ、
創建は不明ですが13世紀ごろに創建されたと考えられています。



厳島神社・門客神社02

厳島神社・門客神社03厳島神社・門客神社04厳島神社・門客神社05



ナナモリ(喜)sこちらは右門客神社で御祭神は櫛磐窓神(くしいわまどのかみ)

櫛磐窓神は天石門別神(あまのいわとわけのかみ)とも呼ばれ、
古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られている境界の守護神です。



厳島神社・門客神社06


厳島神社・門客神社07厳島神社・門客神社08



ナナモリ(笑)sこちらは左門客神社で御祭神は豊磐窓神(とよいわまどのかみ)

豊磐窓神という名も天石門別神の別名で、
邇邇芸命が天降りされる際に、
五伴緒神・思兼神・手力男神とともに天石門別神の名が登場します。


また一説には天孫降臨の段に登場する神の多くは天岩戸の段にて登場しますが、
天石門別神の名が見られないことから天照大御神がお隠れになった天岩戸が神格化され、
それを神として祀ったというする説もあります。


厳島神社・門客神社01





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▼厳島神社・客神社▼ - 2019.07.28 Sun

厳島神社・客神社03

厳島神社・客神社02厳島神社・客神社04厳島神社・客神社05厳島神社・客神社07



ナナモリ(楽3)s厳島神社の摂社・客神社(まろうどじんじゃ)です。

厳島神社本殿向かって左の参拝入り口から回廊を歩きますと、
最初に鎮座しているのがこちらの神社です。
創建は1176年(安元2年)頃で平清盛が現在の厳島神社を創建した頃には、
客宮(まろうどのみや)、客人宮(まろうどのみや)とも呼ばれていました。




厳島神社・客神社06

厳島神社・客神社08厳島神社・客神社09厳島神社・客神社01


ナナモリ(喜2)s御祭神は天忍穂耳命・活津彦根命・天穂日命・天津彦根命・熊野櫞樟日命

「客人(まろうど)」とは客人をもてなすことを意味し、
本殿で祀られている主祭神の客人をもてなす神として、
厳島神社の回廊に入ってすぐのところに奉祀されています。


こちらも本殿と同じく社殿は国宝に指定されています。


厳島神社・客神社10

厳島神社で結婚式を挙げた時はこの客神社を背景に入れて撮ることが多いそうです。






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▼厳島神社・本殿▼ - 2019.07.22 Mon

厳島神社・本殿01


厳島神社・本殿02厳島神社・本殿03厳島神社・本殿04厳島神社・本殿05



ナナモリ(楽2手2)s広島県廿日市市の宮島(厳島)にある厳島神社です。

広島湾に浮かぶ宮島の北東部、弥山の北麓に鎮座し、
古くは「伊都岐島神社」とも記され全国に約500社ある厳島神社の総本社であり安芸国一宮、
ユネスコの世界文化遺産に「厳島神社」として登録されている神社です。



厳島神社・本殿08

厳島神社・本殿06厳島神社・本殿07厳島神社・本殿09厳島神社・本殿10



ナナモリ(楽)s御祭神は市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命の宗像三女神

神仏習合時代に市杵島姫命は仏教の女神の弁才天と習合し、
隣接する大願寺と一体化して大伽藍を構成していたため、
滋賀の宝厳寺・竹生島神社・神奈川の 江島神社 江の島)とともに、
「日本三大弁才天」の1つに数えられています。



厳島神社・本殿12

厳島神社・本殿13厳島神社・本殿14厳島神社・本殿15厳島神社・本殿16



ナナモリ(普b-01)s創建は社伝によりますと推古天皇元年(593年)の頃、
この地方の豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、
勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされ、
「イツクシマ」という名も「イチキシマ」が転じたものとする説があるそうです。



平安時代末期に神主・佐伯景弘と当時の安芸守・平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受け、
平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられました。

残念ながら建永2年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で建物の全てを焼失し、
現在残る社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたものです。


厳島神社・本殿18

厳島神社・本殿17厳島神社・本殿19厳島神社・本殿20



ナナモリ(楽2)s社殿は波の穏やかな瀬戸内海の島の北岸の湾の奥に位置しているとはいえ、
海域に建っているため台風に伴う土石流、高潮などの被害を受け度々修復されていますが、
それらは外海寄りに位置する左右楽房、平舞台などであり、
本殿・幣殿・拝殿などの主要建物は小さな被害はありますが、
一度も水没するなどの甚大な被害は受けたとがないと言われています。


毎回、台風などで被害を受ける外海寄りの建物は平清盛の時代には存在せず後に追加された建物であり、
主要社殿は200年に一度の高潮にも水没しない位置を選んで建てられているとされ、
社殿が海域に建っているにもかかわらず柱の不同沈下を起こさないのは、
建つ位置が陸地であったところを掘削して海としたため大きな岩盤の上に建っているのではないかと考えられています。


厳島神社・本殿11

今年、2019年より社殿および鳥居の改修工事が始まっているため、
一部は見学できず、工事用の天幕に覆われている場所があります。


厳島神社・本殿21






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