◎あちこち神社◎
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2017-05

日吉大社の奥宮はこのあたり - 2014.11.17 Mon

日吉大社八王子山01

日吉大社奥宮金大巌八王子山に鎮座しているわけですが、
その山は一の鳥居から全容を見ることができます。

JR比叡山坂本駅から日吉大社へと真っ直ぐ歩いてきまして、
朱色の大きな一の鳥居の奥に、ぽこっとある山が神奈備の山「八王子山」です。



日吉大社八王子山02

そして奥宮がある場所は山の頂上付近、
円で囲ってある場所にあります。

木があまり生い茂ってない時期ですと、
木々の間から三宮宮か牛尾宮の屋根が下からでもちらっと見えたりします(*´▽`*)

八王子山の標高は381m、
さほど高い山でもなく山道は歩きやすい道ですが、
ハイヒールや草履ではさすがに厳しいですので、
運動できる靴で登るのが良いですね(o´ω`o)


日吉大社八王子山03

以上で長く続いて来ました日吉大社さんのご紹介はすべて終了でっすヽ(´▽`)/

日吉大社は神社にしては珍しく紅葉する木の多い神社ですので、
やはり紅葉の秋、11月下旬頃に訪れるのが良いかと思います。




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▼日吉大社-日吉三橋▼ - 2014.11.13 Thu

日吉三橋・大宮橋01

日吉三橋・大宮橋02日吉三橋・大宮橋04

ナナモリ(楽)s日吉大社境内を流れる大宮川に架かる三基の石橋『日吉三橋』です。

比叡山焼き討ちの後、日吉大社復興の際に豊臣秀吉が寄進したものと伝える日本最古の石橋で、
三つの橋はいずれも重要文化財に指定されています。



三本の石橋の中で一番上流に架かる橋は『大宮橋

大宮橋は、西本宮へ真っ直ぐ向かう参道に架かる橋で、
花崗岩製の石造反橋ですが、木造橋の形式をそのまま用いた珍しい橋です。

橋の両側に格座間を彫り抜いた高欄をつけるなど、
日吉三橋の中で最も手が込んでいる豪壮雄大な石橋となっています。


日吉三橋・走井橋01

日吉三橋・二宮橋01日吉三橋・二宮橋02



ナナモリ(楽3)s日吉三橋の真ん中に架かる橋は『走井橋』です。

走井橋は日吉三橋の中で最も簡素な構造の橋ですが、
橋の傍らにある走井という清めの泉があり、
そこでお祓いをするための重要な橋で、
比叡山回峯行などでは必ずこの橋を渡るといいます。


上流の大宮橋と比べますと橋脚も少なく、
また桁も省かれた簡素な構造の石橋ですが、
板橋に反りをつけることで軽快な感じになっています。



日吉三橋・走井祓殿社06


日吉三橋・走井祓殿社02日吉三橋・走井祓殿社04日吉三橋・走井祓殿社03日吉三橋・走井祓殿社05



ナナモリ(楽2)s走井橋を渡ったところの大杉の根元に鎮座する走井祓殿社です。

御祭神は瀬織津比咩・速開都比咩・気吹戸主・速佐須良比咩

御祭神の四柱は大祓祝詞に登場する神様で、
天下四方の罪穢れを水によって祓い清めて消滅してくれます。


日吉三橋・二宮橋04

日吉三橋・二宮橋03日吉三橋・二宮橋05



ナナモリ(楽2手2)s日吉三橋で最も下流に架かる橋が『二宮橋』です。

二宮橋は東本宮(二宮)へと続く参道に掛けられていることから
「二宮」という名前がつけられています。



二宮橋も走井橋と同じような簡素な構造の橋となっていますが、
こちらの橋は桁上に継ぎ材をならべ橋板を渡し、両側に高欄をつけ、
大きさも大宮橋とほぼ同じ幅となっています。

二宮橋は天正年間に豊臣秀吉により寄進されたと伝えられている木橋を、
後に石橋に架け替えられたもので石橋としては日本では最大、最古とされています。



日吉三橋のある場所は紅葉のとても綺麗な場所で、
秋の終わりの頃の清流と紅葉の映える光景は絶品だといわれています。






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▼日吉大社-奥宮・金大巌と三宮宮・牛尾宮▼ - 2014.11.10 Mon

日吉・金大巌01

日吉・金大巌02日吉・金大巌03日吉・金大巌06日吉・金大巌04

ナナモリ(普b-01)s日吉大社奥宮金大巌(こがねのおおいわ)です。

古くから、神奈備山として崇拝されてきた八王子山(381m)の、
山頂近くの急斜面に三宮宮牛尾宮の両宮があり、
その間に屹立するように高さ約10mの大岩が鎮座しています。


古くより「朝日に輝く金大巌」とよばれ、
古事記にも「此の神は近淡海国の日枝山に坐す」と記述されているように、
この金大巌が日吉大社の信仰の始まりの場所とされています。


日吉・金大巌09

日吉・金大巌05日吉・金大巌07日吉・金大巌08日吉・金大巌10



ナナモリ(普)s現在、東本宮に祀られています大山咋神は、元々ここ金大巌にて祀られていました。

大山咋神(おおやまくいのかみ)の名前の「くい」は杭のことを意味し、
大山に杭を打つ神、すなわち大きな山の所有者、山の地主神とされ、
また、農耕(治水)を司る神として崇められています。


この八王子山には日吉社東本宮古墳群があり、
古くからここが山の神を祀る祭場であったと示しており、
日吉大社の最大の神事である「山王祭」にて、
八王子山に祀られる牛尾宮三宮宮の神輿(しんよ)を、
東本宮に迎えることから始まるのは、
この金大巌が山王信仰の発祥の地であるためだと考えられます。


日吉・金大巌11

日吉・金大巌12日吉・金大巌13日吉・金大巌18

ナナモリ(楽2)s金大巌に向かって左側にある建物が三宮宮(さんのみやぐう)です。

御祭神は鴨玉依姫神荒魂
日吉大社の摂社であるこの三宮宮
東本宮の宮域内に鎮座する樹下神社の御祭神である鴨玉依姫神の荒御魂をお祀りし、
山王二十一社の中では上七社に数えられ、旧称・三宮、本地仏・普賢菩薩とされています。

「日吉社禰宜口伝抄」によりますと、
「上代の日吉神社は今の八王子社なり。この峰は比叡山の東尾にあり、
一に牛尾といい、また並天塚(あまなみのつか)という。
その五百津石村(いほついわむら)は山末之大主神(大山咋神)の御陵なり。
その妻、玉依比売(鴨玉依姫神)の御陵は、奥の御蔭(みかげ)の大岩なり」と伝えています。

日吉・金大巌14

日吉・金大巌15日吉・金大巌17日吉・金大巌16日吉・金大巌19

ナナモリ(楽3)s三宮宮と向かい合うようにあるのが牛尾宮です。

御祭神は大山咋神荒魂

日吉大社の摂社・牛尾宮は旧称の八王子宮の名でも呼ばれ、
山王二十一社の上七社で本地仏は千手観音菩薩となっています。

三宮宮牛尾宮はともに織田信長の比叡山焼き打ち後に再建されたもので、
牛尾神社が文禄4年(1595)に三宮神社は慶長4年(1599)に再建されました。

その建築様式は「舞台造(ぶたいづくり)」と呼ばれるもので、
拝殿が後部にある本殿正面縁を取り込むような形となっていて、
崖上に建てられ、拝殿の入母屋造りの妻を正面としていますが、
入口は側面に設けられ、軒唐破風(のきからはふ)がつけられた、
桃山時代の特色をよくあらわす建築物となっています。

三宮宮と牛尾宮の本殿及び拝殿は国の重要文化財に指定されています。

日吉・金大巌22

日吉・金大巌21日吉・金大巌23日吉・金大巌24日吉・金大巌25

三宮宮の横には山道が続き、
ここから八王子山の山頂へと続いているようです。

日吉・金大巌26日吉・金大巌27日吉・金大巌28日吉・金大巌29

ナナモリ(楽)sよく晴れた日はこの奥宮より琵琶湖湖東・湖南が一望できます。

また秋には境内に約3000本のモミジのある関西屈指の紅葉の名所の日吉大社を、
この奥宮より眺めると素晴らしい景色になるかと思います。



日吉大社に訪れた際には、
古くより「朝日に輝く金大巌」とよばれ、
山王信仰の発祥の地であるこの奥宮へ、
少し足を伸ばしてみることをおすすめします。


日吉・金大巌20日吉・金大巌31日吉・金大巌32日吉・金大巌33

日吉・金大巌34日吉・金大巌35日吉・金大巌36日吉・金大巌37



日吉・金大巌38






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▼日吉大社-奥宮・金大巌への山道▼ - 2014.11.08 Sat

日吉・金大巌への山道02
日吉・金大巌への山道01日吉・金大巌への山道03日吉・金大巌への山道04日吉・金大巌への山道05



ナナモリ(楽2手2)s日吉大社奥宮金大巌(こがねのおおいわ)へと向かいます。

奥宮の金大巌は八王子山の山頂近くに鎮座し、
そこまでは山道の参道を登って行きます。



金大巌へは東本宮西本宮をつなぐ参道の中程にあるふたつの小さな社、
三宮遙拝所牛尾宮遙拝所の間の石段より登って行きます。


日吉・金大巌への山道06日吉・金大巌への山道07日吉・金大巌への山道08日吉・金大巌への山道09

三宮遙拝所牛尾宮遙拝所の本宮は、
奥宮の金大巌と共に山頂に鎮座しています。


日吉・金大巌への山道12

日吉・金大巌への山道10日吉・金大巌への山道11日吉・金大巌への山道14日吉・金大巌への山道15

参道の石段は最初の数段を登りきりますと、
そこからは整地された緩やかな山道となります。

境内の金大巌への登山口から奥宮までは、
片道で距離約1キロ、時間にして20分ほどの道程です。

日吉・金大巌への山道13

途中、すこし展望が開ける場所があり琵琶湖と坂本の街並みと、
遠くに湖東の山々が見られます。

この日は残念ながら雨であまり遠くまでは見られませんでしたが、
一瞬、ちょっとだけ晴れ虹が出ていました(*´▽`*)ラッキー♪


日吉・金大巌への山道18

日吉・金大巌への山道16日吉・金大巌への山道17日吉・金大巌への山道19

山頂近くになりますと、また石段が現れます。
この石段が見えてくると奥宮まではもうすぐです。

日吉・金大巌への山道20

石段が現れてから少し進み、
最初の曲がり角を曲がりますと大きな建造物が見えてきます。

日吉・金大巌への山道22日吉・金大巌への山道23日吉・金大巌への山道24

最初に現れる二つの大きな建物は、
左が『三宮宮』、そして右が『牛尾社』で、
登山口にあったふたつの遥拝所の本宮です。


日吉・金大巌への山道25

そして、三宮宮牛尾宮の両社に挟まれるように、
奥に鎮座しています大岩が、
日吉大社奥宮『金大巌(こがねのおおいわ)』です。




次回『奥宮・金大巌』に続きます。





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▼日吉大社-惣社・子安子立社▼ - 2014.11.05 Wed

日吉・総社01

日吉・総社02日吉・総社03日吉・総社04日吉・総社05

ナナモリ(普b-01)s日吉大社惣社です。

山王鳥居のすぐ右の開けた場所にある社で、
日吉大社の中でも特に重要とされる、
山王上七社・中七社・下七社の神々を合祀した神社です。



言い伝えによりますと、この社のある場所には、
神仏分離以前には天慶5年(942)に建立されたという「根本大塔」という塔があり、
その塔のそばには塔下惣社と呼ばれる末社が建てられ、
そこで平将門の乱のおりに平将門の調伏を祈願したといわれています。

日吉・総社07日吉・総社08日吉・総社09日吉・総社10

ナナモリ(楽2)s惣社の隣に鎮座する子安子立社です。

御祭神は伊弉諾尊伊弉冉尊

ここに鎮座する理由は定かではありませんが、
安産子々孫々の長久を祈り、男女出征祈願祈念する社とされています。



日吉・総社11






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