◎あちこち神社◎
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2019-12

▼大和神社-御旅所・御旅所坐神社▼ - 2019.12.07 Sat

大和神社御旅所01

大和神社御旅所02大和神社御旅所03大和神社御旅所04


ナナモリ(普b-01)s奈良天理市中山町にある御旅所坐神社です。

この神社天理市新泉町星山に鎮座する大和神社の北西にある境外末社で、
大和神社の例祭「ちゃんちゃん祭り」では本社と摂社である増御子神社の両神輿が大和神社を出発し、
旧大和郷に該当する9町の氏子を中心とした約100人の時代装束を着た人達により、
2kmほどの道のりを歩いてここまで運ばれ祭礼がおこなわれます。


渡御祭・通称「ちゃんちゃん祭り」は、
「祭り始めは ちゃんちゃん祭り、祭り納めはおん祭り」と里謡に歌われる大和の代表的な祭りで、
氏子の頭屋・雅児を先頭に夫々の町内人供奉し行列順に各執物を捧持し、
ちゃんちゃん鐘を合図に成願寺・岸田を経てこの大塚山の御旅所まで約2kmを往復渡御し、
この御旅所では翁舞・龍の口舞の田楽舞が奉納されるそうです。



大和神社御旅所06

大和神社御旅所05大和神社御旅所07大和神社御旅所12



ナナモリ(楽2手2)s御旅所坐神社の御祭神は伊怒姫命(いぬひめのみこと)八十矛戈大神(やちほこのおおかみ)

大和神社御旅所は明治の初めまでは中山大塚古墳の小高地にあったそうで
その南麓である現社地に観音堂と庫裡があったようですが神仏分離で廃され、
その跡に社殿を遷したのが当社となっています。


日本書紀の巻第五・崇神天皇に、
「これより先、天照大神と倭大国魂の二神を皇居内に祀った。
しかし神の勢を畏れ、共に住むには不安があった。
そこで天照大神は豊鍬入姫命に託して大和の笠縫邑に祭り、堅固な石の神籬をつくった。
また日本大国魂神を淳名城入姫命に託して祭らせた・・・・」
とあるように伊勢神宮の天照大神と共に皇居内で祀るには神威が強く畏れ多いとして、
皇居外に鎮座地を探し祀ったのが大和神社の倭大国魂で、
当社の御祭神はその母神であります。



大和神社御旅所08

大和神社御旅所09大和神社御旅所10大和神社御旅所11大和神社御旅所16





ナナモリ(驚)sこちらは共に鎮座する歯定神社です。

御祭神は大己貴神(おおなむちのかみ)・少彦名神(すくなひこなのかみ)
農業・特に葉物野菜の種蒔きに際して、当社に豊作を祈願したともいう説もあり、
古くは、“葉状神社”とも呼ばれていました。


また医療の神、少彦名神を祀ることから“歯の神”とも言われ、
拝殿前に、注連縄(しめなわ)をまいた歯の形をした石が3個据えられています。


大和神社御旅所15

この神社の境内は中山大塚古墳の一部でもあり、
神社のあるこの場所が古墳の南麓部分となっています。


大和神社御旅所13

この公園の奥の部分からが古墳です。

中山大塚古墳は大和古墳群のひとつであり、
古墳時代初頭に築かれた前方後円墳で、
全長130メートル・後円部径67メートル・後円部の高さ15メートルの大きさがあります。

出土遺物では銅鏡や鉄器などが発見されたそうです。

大和神社御旅所17





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▼大和神社-高龗神社▼ - 2014.09.29 Mon

大和神社-高おおかみ神社01

大和神社-高おおかみ神社02大和神社-高おおかみ神社03大和神社-高おおかみ神社04大和神社-高おおかみ神社05



ナナモリ(楽2手2)s奈良の大和神社の摂社・高龗神社(たかおおかみじんじゃ)です。

大和神社本殿左側の奥まった場所、
赤い大きな鳥居の先に鎮座しています。



創始は崇神天皇のとき渟名城入姫命をして、
穂積長柄岬(現親泉星山)に祀られたのが始まりとされ、
水の龍神をお祀りする神社として、
祈雨神祭について全国総本社となっています。

大和神社-高おおかみ神社06大和神社-高おおかみ神社08大和神社-高おおかみ神社09大和神社-高おおかみ神社10

ナナモリ(驚)s御祭神は高龗神(たかおかみのかみ)

奈良の水の神様を祀る神社としては丹生川上神社が有名ですが、
その丹生川上神社の御祭神はここより勧請され、
上古には丹生川上神社は大和神社の別宮ともいわれていました。


また病に効くといわれる「薬井戸」のある狭井神社は、
現在は大神神社の摂社となっていますが、
元々は大和神社の末社としてあったそうです。

古の大祭の行列では、
先頭に丹生川上神社上社
丹生川上神社中社丹生川上神社下社が金御幣を持ち、
後尾は末社の狭井神社が勤め、
茅原上つ道を経て箸墓裾で休憩、大倭柳本邑に入り長岡岬、
大市坐皇女渟名城入姫斎持御前の井戸で祓い清め、
神職は輿と共に神橋を渡り大和神社に入るという大きな祭りであったと伝えられています。



大和神社-高おおかみ神社07




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▼大和神社-祖霊社▼ - 2014.08.16 Sat

大和神社-祖霊社01

大和神社-祖霊社05大和神社-祖霊社06大和神社-祖霊社08大和神社-祖霊社09



ナナモリ(楽)s大和神社の境内に鎮座する祖霊社です。

創建されたのは明治七年一月九日。
創建当時は明治政府の官許のもと、
古代より代々と大和神社の祭祀を担ってきた大和郷の、
氏子各家(大和神道御霊之社信徒各家)の祖霊を奉斎するために祖霊社は創建されました。

国家が旧官幣大社祖霊社創建時より、
境内地にて氏子祖霊が祀ることを許可したのは当社のみとのことです。

その後の昭和二十八年、戦艦大和の英霊二七三六柱、
昭和四十七年には、戦艦大和とともに沖縄に向け出撃した、
軽巡洋艦矢矧並び駆逐艦八隻の英霊九八五柱が合祀され今日に至っています。


大和神社-祖霊社10

大和神社-祖霊社02大和神社-祖霊社03大和神社-祖霊社04

ナナモリ(普b-01)s御祭神は大国主命・大和郷氏子・大和神道御霊之社信徒祖霊・戦艦大和他戦没英霊

戦艦大和には当社が同名であり航海安全の神社であることから、
昭和17年に神符遷座(しんぷせんざ)祭が営まれ、
大和神社の護符が大和の艦内神社に祀られていました。


その後も艦長や乗組員の方が大和神社をたびたび参拝したそうで、
平成24年8月に建立された「戦艦大和ゆかりの神社」の大きな石碑の横には、
ひっそりとした場所に戦艦大和の伊藤海軍大将お手植えの「父子桜」があります。






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▼大和神社-戦艦大和展示室▼ - 2014.08.12 Tue

戦艦大和展示室01

戦艦大和展示室02戦艦大和展示室03戦艦大和展示室12戦艦大和展示室13

ナナモリ(楽3)s大和神社の境内に併設されている『戦艦大和展示室』です。

大和神社には戦艦大和に関する奉納物がいくつかあり、
その奉納されたものを『戦艦大和展示室』で、
いつでも自由に見学させていただくことができます。


『戦艦大和展示室』は小さなプレハブの建物で、
手水舎と神輿蔵(宝物蔵)の間にあります。


戦艦大和展示室04

戦艦大和展示室05戦艦大和展示室09戦艦大和展示室10戦艦大和展示室08


ナナモリ(楽2)s『戦艦大和展示室』の中には所狭しと様々な大和に関する展示がされています。

展示されているものは主に、
戦艦大和の設計に携わった人などが作られた戦艦大和の模型3基と、
戦艦大和の几帳や戦艦大和の精密画や絵画、
海に沈む大和の艦首の写真や詩などが展示されています。

中でも一番大きく精密な戦艦大和の模型と、
几帳作家で染色デザイナーの塩谷栄一氏が奉納られたという、
『戦艦大和の几帳』(縦1.6m横1.3m)は勇壮で大変見ごたえのあるものとなっています。


戦艦大和展示室11戦艦大和展示室14戦艦大和展示室15

戦艦大和展示室07






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▼大和神社▼ - 2014.08.07 Thu

大和神社31

大和神社01大和神社02大和神社03大和神社04



ナナモリ(楽2手2)s奈良県天理市にある大和神社(おおやまとじんじゃ)です。

旧称は朝和之宮(あさわのみや)
延喜式神名帳では名神大社に列し、
後に二十二社(中七社)の一社ともされました、
日本大国魂大神を祀る日本最古の神社です。

また戦艦大和と縁の深い神社でもあり、
当社の祭神の分霊が大和艦内で艦内神社として祀られていました。


大和神社05大和神社06大和神社07大和神社08



ナナモリ(驚)s一の鳥居から本殿まで長い山道が続いています。

この長い参道は戦艦大和に縁の深い神社らしく、
一の鳥居から二の鳥居までの長さ約270mは戦艦大和の全長とほぼ同じだそうで、
戦艦大和の横幅はこの参道の約5倍になります。

鳥居をくぐって参拝することで戦艦大和の端から端を歩くことにもなりますね。

大和神社09大和神社10大和神社11大和神社12



大和神社13大和神社14大和神社15大和神社16



ナナモリ(普b-01)s御祭神は日本大国魂大神八千戈大神・御年大神

日本書紀によりますと、もともと日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)は、
宮中内に天照大御神と同殿共床で奉斎されていましたが、
第十代崇神天皇六年に天皇が神威をおそれ、
天照大御神を皇女豊鋤入姫命をして倭の笠縫邑に移されたとき、
皇女淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)に勅して、
市磯邑(大和郷)に移されたのが当神社の創建であると伝えられています。

当初の鎮座地は、
現在の鎮座地の東方の山麓大市の長岡崎(現在の桜井市穴師および箸中の付近)であるとみられ、
遷座の時期は不明ですが後に現在地に遷座したとされています。


大和神社17大和神社18大和神社19大和神社20

大和神社21大和神社22大和神社23大和神社24

ナナモリ(楽)s古くからこの大和神社は船の安全祈願の神社として有名です。

奈良時代、遣唐使たちは出発に際して必ず大和神社に参詣し、
その遣唐使が唐の国へ渡って学ぶための出発に際して、
交通安全祈願をする様子は万葉集の「好去好来」にうたわれています。


そうしたことから世界最大最強の戦艦大和に分霊され、
その守護神として祀られていました。

大和神社25大和神社26大和神社27大和神社28



ナナモリ(普b)s境内には戦艦大和とのつながりを感じる場所が多くあります。

戦艦大和の設計に携わった人などが作った大きな戦艦大和の模型と、
近年に坊の岬沖を捜索し発見された海に沈む大和の写真や、
戦艦大和の精密画などが展示されている『戦艦大和関連展示室』


昭和20年に撃沈した時点で戦艦大和の乗組員数2736名おられましたが、
その数にちなみ2736mm×1300mmの大きさの御影石に、
「戦艦大和ゆかりの神社」と刻み慰霊の誠をささげ、
感謝の心を伝えるために安置した『戦艦大和 ゆかりの碑』

戦艦大和と軽巡矢矧からなる第2艦隊戦没者霊を祀る『祖霊社』

等々、戦艦大和と戦争の歴史を今に伝える場所として、
決して繰り返してはならない戦争の歴史を再認識する場所としても、
大和神社はこの地に鎮座しています。

毎年、8月7日には「戦艦大和みたま祭」を斎行しています。

大和神社29大和神社30大和神社32大和神社33

大和神社35




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