◎あちこち神社◎
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2017-03

▼龍田大社-下照神社・加農砲▼ - 2014.11.27 Thu

龍田大社・下照神社・加農砲09

龍田大社・下照神社・加農砲05龍田大社・下照神社・加農砲06龍田大社・下照神社・加農砲07龍田大社・下照神社・加農砲08

ナナモリ(楽3)s龍田大社の末社・下照神社です。

本殿へと向かう参道を左手にはずれますと藤棚と小さな池があり、
その池の中央に下照神社は鎮座しています。



御由緒や由来などは不明ですが、
その神社名から御祭神は下照比売命と思われます。


龍田大社・下照神社・加農砲10龍田大社・下照神社・加農砲11龍田大社・下照神社・加農砲12龍田大社・下照神社・加農砲13



龍田大社・下照神社・加農砲01

龍田大社・下照神社・加農砲02龍田大社・下照神社・加農砲03龍田大社・下照神社・加農砲04

ナナモリ(驚)s参道脇にひっそりと置かれている加農砲(カノンほう)と砲弾です。

龍田大社にある理由は不明ですが、
旧陸軍省が奉納したもので、
日露戦争時の鹵獲品とのことです。



正面に置かれた石碑の表には、
「大正三年六月吉日奉納
馬場住人 氏子」
と書かれ氏子二名のお名前があり、
裏側には、
「陸軍省奉納、明治三十八年之戦役
三十五口径 十珊七 加農砲
三十珊半 堅鉄弾丸」
と書かれています。


龍田大社・下照神社・加農砲15


龍田大社・下照神社・加農砲14龍田大社・下照神社・加農砲16龍田大社・下照神社・加農砲17龍田大社・下照神社・加農砲19

ナナモリ(普b)s小さな池の畔にある戦没者供養のための碑です。

戦時に没した方を供養するための木製の碑で、
正面には「志魂頌徳碑」と書かれています。



旧帝国海軍の軽巡洋艦「龍田」の艦内には、
艦内神社として龍田大社より御分霊され神社が置かれていました。

艦名の由来となった竜田川は龍田大社の前を流れる大和川のことを指し、
万葉集などに歌れた頃はこの大和川を竜田川と呼んでいたそうです。


ちなみに「竜田揚げ」は、
この紅葉の名所である竜田川を流れるモミジの色に衣の色が似ているからとか、
軽巡洋艦「龍田」の中でから揚げを作る際に片栗粉を用いて揚げた調理法が広まり、
艦名から料理の名前が付いたとする説があります。


龍田大社・下照神社・加農砲18



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▼龍田大社-白龍神社・龍田恵美須神社・三宝稲荷神社▼ - 2014.11.24 Mon

龍田大社・末社三社04

龍田大社・末社三社01龍田大社・末社三社02龍田大社・末社三社03龍田大社・末社三社05



ナナモリ(楽3)s龍田大社の本殿左手にある末社三社です。

向かって右手の本殿に近い方から、
白龍神社龍田恵美須神社三宝稲荷神社
と三つの末社が並んでいます。


龍田大社・末社三社06龍田大社・末社三社07龍田大社・末社三社08龍田大社・末社三社09



ナナモリ(驚)s三つの末社の中で比較的大きく奥行きのある「白龍神社」です。

御祭神として龍田の神の使いとされる白蛇をお祀りしています。



創建はの言い伝えでは、
江戸末期に当社ご神域に出現した白蛇が明治後期そのお姿が見えなくなり、
当時騒然となりましたが明治四十一年に大和国葛城群のにごり池に白龍として出現し、
その吉報に依り薮宮司・神官・地元氏子に依り辛櫃を奉持しお迎え申し上げ、
この地に祭祀されたのが当社創建と伝わっています。


龍田大社・末社三社11

龍田大社・末社三社10龍田大社・末社三社12


ナナモリ(喜)s白龍神社拝殿より多くに進みますと御神体となる白龍大神の御岩があります。

白龍さんはお水を大変好まれるそうで、
柄杓で七五三縄を張られた御岩に水をかけ、
お参りできるようになっています。


白龍神社は本社の龍田大明神のお仕え神結びの神・浄難災難除けの神として、
女性の方々の信仰は特に篤く安産時期には祈願に訪れる参拝者が多いそうです。

龍田大社・末社三社13

龍田大社・末社三社15龍田大社・末社三社16龍田大社・末社三社17龍田大社・末社三社18

ナナモリ(喜2)s三つの末社のうち真ん中にあるのが「龍田恵美須神社」です。

御祭神はえびす大神(西宮大神・蛭児命)

当社の創建は寛元元年(1243年)に兵庫県の西宮戎神社より、
御分霊を勧請したのが始まりとされています。


その後、社殿は荒廃しましたが恵美須信仰者の方々の御厚志に依りまして、
昭和62年に再び西宮戎神社から御分霊をお迎えし、
商売繁盛・福徳開運・家庭円満の守護神である龍田恵美須さんとして、
ご復興致し篤く信仰されています。


龍田大社・末社三社19

龍田大社・末社三社20龍田大社・末社三社21龍田大社・末社三社22龍田大社・末社三社23

ナナモリ(普b-01)s末社三社のうち一番奥にひっそりとあるのが「三宝稲荷神社」です。

御祭神は宇迦之御魂神
当社のご創建鎮座は定かではないそうですが、
往古から三宝稲荷さんとして商売を営む人々の信仰篤く、
商売繁盛の神として訪れる参拝者が絶えないほどと言われています。


龍田大社・末社三社24





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▼龍田大社-本殿▼ - 2014.11.21 Fri

龍田大社・本殿01

龍田大社・本殿02龍田大社・本殿03龍田大社・本殿04龍田大社・本殿05



ナナモリ(楽2手2)s奈良県生駒郡三郷町にある龍田大社(たつたたいしゃ)です。

延喜式神名帳』では、
「大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社二座」として名神大社に列し、
二十二社のうち中七社の一社に数えられる古社です。



龍田大社・本殿06龍田大社・本殿07龍田大社・本殿08龍田大社・本殿09

龍田大社・本殿10龍田大社・本殿11龍田大社・本殿12龍田大社・本殿13

ナナモリ(楽)s『延喜式』祝詞に「龍田風神祭祝詞」という祝詞があります。

この祝詞によりますとこの神社の創建は崇神天皇の時代、
凶作が続き疫病が流行したため天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ、
夢の中で「天御柱命国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れ」
というお告げがあり創建されたとなっています。

龍田大社・本殿14龍田大社・本殿15龍田大社・本殿16龍田大社・本殿17



龍田大社・本殿18

龍田大社・本殿19龍田大社・本殿20龍田大社・本殿21龍田大社・本殿22

ナナモリ(普b)s御祭神は天御柱命 (あめのみはしらのみこと)国御柱命 (くにのみはしらのみこと)

伊勢神宮風宮の御祭神とは異名同神で、
別名では志那都比古神(しなつひこのかみ)、志那都比売神(しなつひめのかみ)と呼び、
二柱の神を「龍田の風神」とも総称されています。


拝殿奥の本殿左手には境内摂社の龍田比古神社と龍田比売神社があり、
右手には末社として上座から照大御神・住吉大神、
中座 枚岡大神・春日大神、下座 高望王(桓武天皇曾孫、平家の祖)の妃
がお祀りされています。


龍田大社・本殿24

龍田大社・本殿23龍田大社・本殿25龍田大社・本殿26龍田大社・本殿27



ナナモリ(笑)sまた龍田大社は古くから紅葉の名所としても有名です。

摂社・龍田比売神社の御祭神である龍田姫は秋の女神とされ、
また近くを流れる竜田川や三室山はその紅葉の美しさから、
百人一首などで歌枕として古来より多くの歌に詠まれています。

有名な歌では百人一首の、

『ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは』
(古今和歌集・在原業平)

また能「龍田」の中で巫女が和歌を引用して竜田川を渡ってはいけないのだと諭す台詞の元歌の、

『竜田川 もみじ乱れて流るめり  渡らば錦 なかや絶えなむ』
(古今和歌集・よみびとしらず)

などがあります。


龍田大社・本殿29







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