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2021-04

▼榛名神社-随神門と双龍門▼ - 2015.10.16 Fri



榛名神社の名所となっている二つの門 『随神門』と『双龍門』のご紹介です。



随神門・双龍門02

随神門・双龍門03随神門・双龍門04随神門・双龍門05随神門・双龍門07


まず最初は『随神門』

榛名神社の一ノ鳥居をくぐってすぐにある門が『随神門』で、
入母屋造で瓦棒銅板葺きの八脚門、
弘化4年(1847年)の建立と伝えられ国指定重要文化財に指定されています。

神仏習合時代は仁王門としてあり運慶作と伝えられる仁王像が置かれていましたが、
神仏分離令により二体の仁王像は焼かれ、
明治39年(1907)に随神像が祀られ随神門と呼ばれるようになりました。

どっしりとした構えに様々な文様などが彫刻され、
見応えと迫力のある門になっています。


随神門・双龍門06随神門・双龍門08随神門・双龍門09随神門・双龍門01



随神門・双龍門10

榛名神社の社務所を過ぎ本殿へと向かう石段の上にあるのが『双龍門』です。


随神門・双龍門13

双龍門の左側には榛名神社の奇石のひとつ『鉾岩』があり、
双龍門との調和に見惚れてしまいます。

随神門・双龍門11随神門・双龍門12随神門・双龍門14随神門・双龍門15



『双龍門』は安政2年(1855)造営された一間一戸四脚門の総欅造で、
入母屋造、銅版葺、正面と背面に千鳥破風、四面に軒唐破風が付けられ、
国指定重要文化財に指定されています。

本来の名称は「御唐門」なのですが、
天井や扉にはそれぞれ龍の彫刻や絵が多く施され、
このことから双龍門と称されています。

棟梁は群馬郡富岡村の清水和泉、
彫刻は武蔵熊谷宿の長谷川源太郎、
天井の龍は高崎藩士矢島群芳の筆で、
羽目板の両面には「三国志」にちなんだ絵柄が彫られており、
天井の登龍、降龍とともに双龍門の風格を高めています。



随神門・双龍門17



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榛名神社の名物っぽい? 七福神 - 2015.10.13 Tue



榛名神社の参道の所々に配置されていました七福神の像が、
密かな名物だったようですのでまとめてみました(´ε` )♪




七福神(榛名)01

まず最初にあるのが『毘沙門天(びしゃもんてん)』

随神門の近くにありました(-_☆)

一番最初にある毘沙門天ですが少し参道から外れた場所にありまして、
ちょっと見つけ難い場所だったかも…

毘沙門天は元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神、
七福神の中では唯一の武将で、
国家鎮護・財産を授ける福神と言われています。


七福神(榛名)02

二人目の七福神は『寿老人(じゅろうじん)』

みそぎ橋のたもとに置かれていました。

ほとんどの七福神の像は参道沿いに設置してありますから、
探すまでも無く目に入ってきます(笑

寿老人は道教の神仙で南極星の化身とされ、
酒を好み長寿をもたらす福神とされています。


七福神(榛名)03

次は『布袋尊(ほていそん)』

どんな七福神巡りの像でも、
なぜかお腹をよく撫でられる運命の布袋さんです(*´Д`)(笑

確か参道の千本杉の辺りにあったと思います。

布袋尊は唐の末期、中国に実在したといわれる仏教の禅僧で、
大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれ、
予知と金運の福神として信仰されています。


七福神(榛名)04

次に登場いたしますのは『福禄寿(ふくろくじゅ)』

水琴窟の所に配置されています。

福禄寿は寿老人と同じく道教の神で南極星の化身とされ、
同体、異名の神とされることもある福神で、
長寿と福禄をもたらすとされています。



七福神(榛名)05

五体目は『恵比寿(えびす)』さん。

三重塔の近くにあったと思います。

七福神の中で唯一日本を由来とする福神で、
イザナギ、イザナミの子である蛭子命(ひるこのみこと)、
もしくは大国主命の子である事代主神(ことしろぬしかみ)とされ、
狩衣姿で右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿で描かれます。

元々は漁業の神でしたが、
現在では商売繁昌の福神として信仰されています。


七福神(榛名)06

六体目は『弁財天(べんざいてん)』

萬年泉の近くに配置されています。

弁財天は七福神の中で唯一の女性の福神で、
元はインドのヒンドゥー教の女神様であるサラスヴァティー。
財宝・芸術の神として信仰されています。


七福神(榛名)07

そして最後は『大黒天(だいこくてん)』

双龍門の手前、社務所横に置かれています。

大黒天は元はインドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラで、
日本に伝わり神道の大国主と神仏習合し神道の神とされることもあり、
食物、財宝、福徳開運の神様として信仰されています。

古い大黒天の像はシヴァの化身として一面二臂で青黒の憤怒相のものが多いですが、
鎌倉時代以降は大国主と習合して現在のような福徳相で作られることが多くなりました。



榛名神社に七福神が置かれている由来は詳らかではありませんが、
本殿に彫刻されている『竹林七賢図』が七福神の見立ての元になったということから、
榛名神社の境内に七福神が置かれることになったのかもしれませんね(o´ω`o)





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▼榛名神社・その弐▼ - 2015.10.10 Sat

榛名神社02-02

榛名神社02-01榛名神社02-03榛名神社02-05榛名神社02-04


ナナモリ(普b-01)s榛名神社の本殿です。

春日造本社と入母屋造拝殿の間を幣殿でつないだ複合社殿で、
本社は背後の御姿岩と接続しており、
御姿岩内の洞窟に御神体がお祀りされています。


現在の御祭神は火産霊神・埴山姫神。
中世は満行権現と称され元湯彦命が祭神とされていましたが、
明治元年以降、現在の二柱に改められました。

また榛名神社は先の大戦において数々の主要海戦に従軍しながらも決して沈没することなく、
終戦まで生き残った数少ない艦艇である巡洋戦艦「榛名」の艦内神社としても有名です。


榛名神社02-10


榛名神社02-06榛名神社02-07榛名神社02-08榛名神社02-16



ナナモリ(楽)s
本殿は黒と朱を基調として要所には金箔や多彩な彩色が施され、
本殿の左右海老虹梁の双龍、脇障子の「竹林の七賢人」などの彫刻も多く見られ、
とても華やかな社殿となっており県指定重要文化財に指定されています。

格天井の花草飛龍の絵は仙台藩の絵師・根本常南の筆によるものです。


榛名神社02-13

榛名神社02-11榛名神社02-12榛名神社02-14榛名神社02-17



ナナモリ(驚)s 榛名神社の奇岩を代表する岩のひとつ「御姿岩(みすがたいわ)」です。

御姿岩は神が降り立つとも、神様そのものの姿であるともいわれ、
本殿背後に聳え立つ御姿岩は本殿が一体化するように建てられいます。



上部は人間の頭のような形の岩の頂部が突き出ており、
途中のくびれたところには御幣が飾られています。

御姿岩の下部には洞窟状の空間があり、
そこに「御内陣」と呼ばれる主祭神を祀る場が設けられていますが、
ここは何重もの扉があり、神職者さえも見ることのできない秘中の秘とされています。



榛名神社02-18

榛名神社02-19榛名神社02-20榛名神社02-22榛名神社02-23



ナナモリ(笑)s本殿向かって左手にあるのは国祖社と額殿です。

御祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)をお祀りし、
もとは榛名山西部の御祖霊嶽にあったものを、
本殿の傍に摂社として祀るようになったと伝えられています。


額殿は本来は神楽の拝見所でありましたが、
大小の「太々御神楽」の扁額を揚げてあることから額殿とも呼ばれています。


榛名神社02-24榛名神社02-25榛名神社02-26榛名神社02-27


ナナモリ(楽3)s本殿正面にあるのは神楽殿です。

北面が唐破風造、南面が切妻造銅板葺で、
北側が吹き放ちの舞台、南側を楽屋とし、
格天井には花鳥図や神楽面が描かれています。


神に奉納する神楽を演じる場所であり、本殿と向かい合い床の高さを同じくし、
神楽始めの2月15日・端午の節句の5月5日・例大祭の5月8日の年三回、
男舞22座、巫女舞14座の36座の演目のある神舞(太々御神楽)が奏上されます。

また神楽殿背後の岩山には御姿岩のちょうど向かい合う位置に窪みがあり、
この窪みには阿弥陀三尊が祀られているとも、弘法大師の彫った阿弥陀如来像が納められていたともいわれ、
そこを「弥陀窟」と称しています。


榛名神社02-28榛名神社02-29榛名神社02-31榛名神社02-32

榛名神社02-33





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▼榛名神社・その壱▼ - 2015.10.07 Wed

榛名神社01-05

榛名神社01-02榛名神社01-03榛名神社01-04榛名神社01-01




ナナモリ(楽2手2)s群馬県高崎市(旧群馬郡榛名町)にある榛名神社(はるなじんじゃ)です。

延喜式神名帳の式内社であり上野国十二社のうちの上野国六宮のひとつとして、
赤城山妙義山と共に上毛三山の一つとされる榛名山の神を祀る神社です。



神仏習合時代に賑わった門前町である社家町には今も宿坊として活用される宿があり、
宿坊の中では最も古い江戸時代中期の「善徳坊」や江戸時代後期に建てられた「般若坊」などが、
現在も榛名講の方が休憩・食事・宿泊をする宿坊として活用され、
榛名講の宿坊との儀礼様式を今に伝承しています。


榛名神社01-06榛名神社01-07榛名神社01-08榛名神社01-09


榛名神社01-10榛名神社01-11榛名神社01-12榛名神社01-13



ナナモリ(普b-01)s
綏靖天皇の時代に饒速日命の御子である可美真手命父子が、
榛名山中に神籬を立て天神地祇を祀ったのが始まりといわれ、
用明天皇元年(586年)に祭祀の場が創建されたと伝えられています。




榛名神社について記された書物では延喜式神名帳がもっとも古く、
その他、十世紀から十二世紀にかけて著された書物の中で、
「三宝絵詞」・「上野国交替実録帳」・「僧妙達蘇生注記」などからも、
当時の榛名神社の様子をうかがい知ることができます。


榛名神社01-16


榛名神社01-14榛名神社01-15榛名神社01-17榛名神社01-18




ナナモリ(普b)s
古くから神仏習合が定着していた榛名神社は、
明治の神仏分離により仏教色が廃されましたが、
現在も当時の繁栄を示す寺院の遺構や遺跡などがあります。



近年では巌山遺跡が榛名神社境内で発見され、
そこからは小金銅仏(地蔵菩薩立像)、寛平大宝(皇朝十二銭の一つ)、
錫杖頭部、鉄釘、鉄鏃、甕、坏などの破片(土師器、須恵器など)等の遺物 と、
建物の礎石も確認されたことから九世紀ごろの僧坊の遺跡と考えられています。

榛名神社01-19榛名神社01-20榛名神社01-21榛名神社01-22



榛名神社01-23榛名神社01-24榛名神社01-25榛名神社01-26



ナナモリ(楽)s
榛名山邨誌」と「頼印大僧正行状絵詞」によりますと中世の神仏習合時代の榛名神社は、
真言宗豊山派・日輪寺の快良が承元四年(1210年)初代座主になってより、
座主が一山を支配し子孫が代々受け継いだと記され、
南北朝時代ごろには上野寛永寺の下に属し光明寺から管理の別当が派遣されて、
近世になると東叡山輪王寺宮兼帯所となり、榛名山巌殿寺・満行宮と称されていました。




榛名神社01-31


榛名神社01-27榛名神社01-28榛名神社01-29榛名神社01-30



ナナモリ(楽2)s
一の鳥居より本殿まで渓流沿いに約700メートル続くの老杉に覆われた参道には、
数多くの国の重要文化財や見所が多数点在し、
古式の寺院の形式を踏襲した建築物群や、
上毛カルタで有名な「沼田城下の塩原太郎」の玉垣などがあります。


冷厳な神社の森を数々の巨岩奇岩に圧倒されながら歩き、
石段の続く参道を登って行きますと本殿に到着です。



榛名神社01-32


「榛名神社・その弐」の本殿の説明に続きます。







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