◎あちこち神社◎
topimage

2017-10

▼矢作神社(矢矧神社)-矢竹藪と「うなり石」▼ - 2016.04.07 Thu

矢矧神社18

ナナモリ(楽2手2)s
矢作神社(矢矧神社)には倭建命が矢作川の中州にあった良質な矢竹で矢を大量に作り、
この地で東夷と対戦しそれを突破したという地名と社号の由来にもなった伝承があります。

その社号の由来となった矢竹の「矢竹藪」が拝殿西南隅にあります。




矢矧神社19

他にも永保3年(1083)源義家が陸奥守として奥州へ征伐に行く途中、
この里に至り、倭建命の故事にならって参拝されたと伝えられています。



矢矧神社20

ナナモリ(楽)sまたこの矢竹藪の中には「うなり石」という石があります。

この石は建武2年(1335)新田義貞が足利尊氏との矢作川合戦で、
祖先の例により当社にて戦勝祈願したところ社畔の石が鳴動し、
これは神のご加護があると信じて大いに戦い遂に勝ちを収めたという伝承があります


また昭和20年の三河地震の前にも三日間ほど低いうなり音があったそうです。



矢矧神社33

矢矧神社34

この倭建命の陶像は皇紀2600年(昭和15年)を記念して建立されてもので、
台を含めて高さは3m52cmもあり全体を2~3分割して焼かれたとのことです。

足元には矢竹も植えられています。



矢矧神社27

矢矧神社28矢矧神社29矢矧神社30矢矧神社31



ナナモリ(普b-01)s
矢作神社は南北朝時代の建徳・文中のころに兵火により焼失したと伝えられ、
天文には岡崎城主の松平広忠が祠を現在の矢作町字祇園に再建しましたが、
天正年間の(1573-92)に矢作川が堤防決壊により悉く流され、
その後、この地にあった宝珠稲荷の境内に再建され現在に至っております。




また矢作神社の御祭神である素戔嗚尊と同一神と考えられることもある牛頭天王を、
中古に祭神といっていたこともあり明治維新後は旧名にもどされましたが、
現在でも地元では「天王さん」と呼ばれることもあるそうです。



矢矧神社32矢矧神社35矢矧神社36矢矧神社37



矢矧神社39



神社の隣には矢矧川があって矢作橋が架けられており、
その橋を渡りますとすぐ岡崎城があります。


矢矧神社41







○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ









スポンサーサイト

▼矢作神社(矢矧神社)-本殿▼ - 2016.04.04 Mon

矢矧神社01

矢矧神社02矢矧神社03矢矧神社04矢矧神社05



ナナモリ(楽2)s
愛知県岡崎市にある矢作神社(矢矧神社・やはぎじんじゃ)です。

東海道五十三次38番・岡崎宿の浮世絵に登場する矢作橋のたもと、
矢作川の堤防道路右岸からすこし降りたところに鎮座しています。


創建は明らかではありませんが矢矧神社の歴史は古く、
1928年(昭和3年)に刊行された『矢作町誌』によりますと、
当社の由緒は315年、第12代・景行天皇の時代、
倭建命の東征の頃までさかのぼるとされています。


矢矧神社06

矢矧神社07矢矧神社08矢矧神社09矢矧神社10


ナナモリ(喜2)s御祭神は素戔嗚尊・豊受大神・保食神

倭建命が東征の旅の途中、この三河国蓬里(よもぎさと)に着いたとき、
この里の民が「此の川の東に聳える高石山に賊が群がり人々を悩ます」といい、
倭建命はこれを討たんとここに素戔嗚尊をお祀りしたのが由緒となっています。


その際に矢作部(やつくりべ)達が一晩で一万本の矢を作り、
これにより賊の群れを討ったことから社号を矢作神社と称え、
この辺りの地名を矢作と呼びならわすようになりました。

ちなみに矢の仕上げの段階で3枚の羽を3等分に矢の本体に接着し、
筈、羽の両端に糸を巻き塗料で固め一定の形に切り揃えることを、
「矧ぎつけ(はぎつけ)」と言い、そのことから古くは矢作を「矢矧」と表していました。

矢矧神社12

矢矧神社11矢矧神社14矢矧神社15矢矧神社16



ナナモリ(普b)s
また当社は明治に建造された筑摩型防護巡洋艦の2番艦・矢矧、
昭和に建造された軽巡洋艦阿賀野型3番艦・矢矧との艦名の由来であることから、
各艦の艦内神社となり艦長以下船員一同からも厚く崇敬されていました。



大正10年、14年には初めて民間造船所で建造された巡洋艦、
初代・矢矧の船員一同の正式参拝が行われ、
その際に初代矢矧の精巧な模型が奉納され現在も大切に保管されています。

そして第二次世界大戦時に竣工した二代目の阿賀野型3番艦・矢矧は、
レイテ沖海戦など大戦末期の激戦を潜り抜け、
最後は戦艦大和と共に最後の艦隊出撃を行い、
坊ノ岬沖海戦において大和や多くの艦艇と運命をともにした艦として有名です。

戦後は海上保安庁の「やはぎ型巡視船」のネームシップとして名前が受け継がれています。

矢矧神社23

矢矧神社17矢矧神社21矢矧神社22矢矧神社24



ナナモリ(普b-01)s
10月に執りおこなわれる矢作神社の例大祭は盛大で、
境内にある格納庫から江戸時代後期の作の高さ7mもある山車が出て、
雅楽が演奏される中、厳かかつ賑やかに執り行われるこのお祭りは、
岡崎観光きらり百選」のひとつとして登録されています。


この秋のお祭りの際には大正時代に奉納されました、
初代軍艦・矢矧の模型が公開されることがあるそうです。



矢矧神社26





○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ






NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

七森

Author:七森
あちこち出かけた先で撮影した
神社の写真です。

あと日常の写真も少々~♪

なぜかちょっぴりお菓子のレシピも(*´Д`)

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

神社・お寺巡り ブログランキングへ blogram投票ボタン

カウンター

カテゴリー

○義援金・募金のお願い○

募金のご協力お願いします。

クリックで救える命がある。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

(・∀・)人(・∀・)

この人とブロともになる

ブロとも募集中でっす♪

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサードリンク

RSSリンクの表示