◎あちこち神社◎
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2017-03

▼熱田神宮-南新宮社▼  - 2016.10.19 Wed

熱田神宮・南新宮社01


ナナモリ(楽3)s熱田神宮の摂社・南新宮社(みなみしんぐうしゃ)です。

南新宮社熱田神宮の正門(南門)を入った所から右手に曲がり、
表参道の一本右側を通る旧表参道沿いに鎮座しています。

そして、こちらの神社は熱田神宮で唯一の朱塗りの社殿となっています。


熱田神宮・南新宮社03

熱田神宮・南新宮社02熱田神宮・南新宮社04熱田神宮・南新宮社05熱田神宮・南新宮社07



ナナモリ(笑)s神は素盞嗚尊

熱田神宮の例は6月5日に行われますが、
同じ日に、ここ南新宮社でも例「熱田天王」が行われます。



りの起源は「八ヶ村礼之覚」寛政 2 年(1790)によりますと、
一条天皇の時代、寛弘年間(1004~1012)に疫病が熱田の地で流行したため、
天王社の前で疫神を「旗鉾」で祓り鎮めたことに由来し、
それ以降、毎年同じ日に祭りが行われるようになりました。


熱田神宮・南新宮社06

熱田神宮・南新宮社08熱田神宮・南新宮社09


ナナモリ(喜2)s
当社の例祭は古来より大山祭・天王祭・祇園祭とも称され、
文明年間になって祭りに山車が用いられるようになりますと、
大山や車楽を所有する八カ町(村)が当番を定め、
毎年交替で20mにも達する大きな山車を曳き出していたそうです。


熱田天王祭は、宿場町・湊町として発展した熱田の象徴的な祭りでありましたが、
明治30年代に入りますと町に電線が引かれるようになりまして、
そのため山車が繰り出されることは無くなりますが祭りは形を変え、
大山や車楽の山車のかわりに熱田の浜に巻藁船が出されるようになりました。

これは昭和 48 年(1973)まで続けられましたが、
当時には山車はすでに戦災で焼失してしまっており、
現在は熱田祭の一環として熱田神宮の門前に設置される、
「献灯まきわら」にその面影を残すだけとなっています。

熱田神宮・南新宮社10






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