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2019-07

▼吉野水分神社-柴神社・神輿など▼ - 2018.06.25 Mon

吉野水分神社02-15

吉野水分神社02-16吉野水分神社02-14

ナナモリ(普b-01)s本殿前、左右にある朱の社は摂社・柴神社です。

御祭神は大己貴神
子供の皮膚の病気に守護神として崇敬され、
社殿前に置かれた「柴」を持ち帰りこれを燃やし、
子供の患部に塗るとご利益があると伝えられています。



吉野水分神社02-01

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ナナモリ(楽2手2)sこちらは本殿前にある拝殿です。

楼門から入って右手にあり、
こちらには摂社・大神社や子供の前掛けなどがお供えされており、
社務所もこちらにあります。


拝殿の左端には「西行木像」があります。
西行は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人で、
出家後は諸国を巡る漂泊の旅に出て多くの和歌を残しました。
吉野山では3年程過ごしたそうで金峯神社の近くには西行庵があります。


ちなみに本殿の右殿に安置されている御神体「木造玉依姫命坐像」は国宝に指定されており、
御神体であるため一般には公開されていませんが、
日本第一の美女神像であるといわれています。


吉野水分神社02-12



ナナモリ(驚)s回廊状になっている社殿の一番奥、
幣殿には八角形の神輿が二基安置されています。

向かって右手にある神輿は最も古く400年前のもので、
建部内匠頭光重を奉行とし慶長9年(1604)に製作され、
豊臣秀頼により寄贈されました。


左手にあるのは文化3年(1806)に勝手神社の神輿として製作された神輿で、
こちらも高御座を象った 八角形の古式な神輿として珍しいものとなっています。


吉野水分神社02-06



吉野水分神社02-17

ナナモリ(楽2)s
現在の社殿は豊臣秀吉が当神社に祈願したのち秀頼を授かり、
そのお礼として慶長3年に再建の工を起された後、
秀頼が秀吉の遺志をつぎ建部内匠頭光重を奉行として慶長9年に完成されたもので、
社殿の多くが国指定の重要文化財として登録されています。


その為、秀頼により寄贈された神宝も多く、
先ほどの神輿をはじめ重文の釣燈籠、
そして楼門には秀頼寄進の銘のある湯釜などが置かれています。


吉野水分神社02-18






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▼吉野水分神社-本殿▼ - 2018.06.20 Wed

吉野水分神社01-01

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ナナモリ(普b-01)s奈良吉野郡吉野町子守地区にある吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)です。

創建については不詳ですが当社に関する最も古い記録は、
「続日本紀」の文武天皇2年(698年)4月条に芳野水分峰神に馬を奉り祈雨したとの記述があり、
吉野山の上千本に鎮座する大和国四所水分社の一つとして、
葛城水分神社・都祁水分神社・宇太水分神社とともに古くから信仰されてきました。


2004年7月にはユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録されました。


吉野水分神社01-10

吉野水分神社01-11吉野水分神社01-12吉野水分神社01-13吉野水分神社01-14


ナナモリ(楽2手2)s御祭神は天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)

配神として高皇産霊神・少名彦神・御子神・天津彦火瓊瓊杵命、
玉依姫命・天萬栲幡千幡比咩命を配祀しています。



延喜式神名帳では「大和国吉野郡 吉野水分神社」として記載され、大社に列し、
古くは吉野川の支流の源流となる吉野山の最奥部、
吉野町、黒滝村、川上村の境に位置する「水分 = 水配り」の地「青根ヶ峰」にあり、
現在の場所へは大同元年(806年)頃に遷座しました。


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ナナモリ(笑)s
平安時代中期からは「子守明神」と呼ばれるようになり、
神仏習合時代には水分神は地蔵菩薩(子守権現)の垂迹とされ、
金峰山の蔵王権現(金峯山寺)に属する神社として修験道の行場の一つとなっていましたが、
明治の神仏分離によって金峯山寺より独立し、村社に列格しました。


当社が子守の神とされるようになった事については、
「水配」が「みくまり」「みこもり」 「こもり」と転訛して子供を護る神 子供を授ける神になったと伝えられています。
また豊臣秀吉も当社を訪れ祈願したところ秀頼を授かったといわれ、
現在の社殿は慶長10年(1605年)に秀頼によって創建されたものです。



吉野水分神社01-25




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