◎あちこち神社◎
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2019-09

*友ヶ島へゆく・その7「友ヶ島神社・再び野奈浦桟橋へ」* - 2018.08.11 Sat

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海の家を過ぎて野奈浦桟橋へと向かう途中にある「友ヶ島神社」です。

この神社には名称を示すものが何も無かったのですが、
友ヶ島は幾つかの島で構成される名称で、
その中で一番大きな島が今回巡った沖ノ島ですので、
友ヶ島神社または沖ノ島神社と称される神社がここだと思います。

ちなみに神社らしき場所は、ここと今回行かなかった南垂水キャンプ場にもあります。

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御祭神は天照皇大神

創建は明治の中頃に旧陸軍の要塞工事が始まったときに、
工事に従事する人がこの島へと送り込まれ、
その人々が工事の無事を祈願し神社を建立したのが始まりとなっています。

現在でも毎年3月25日頃には島開きの行事と、
来島する人々の安全無事故を祈願する神事が行なわれているようです。


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神社の鎮座する丘は高くは無いのですが階段は結構急です(;´Д`)

この石段からは船着場の野奈浦桟橋がチラっと見えます♪

友ヶ島07-15

さて、名所探訪コース(3.3km)をグルッと逆から巡って、
大体1時間ほどで最初の野奈浦桟橋まで戻ってきました(*゚∀゚)=3

帰りの船がもう来ています、結構ギリギリの時間だった…かな?(笑


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というわけで巡り巡った友ヶ島とお別れですヽ(´□`。)ノ・

今回は天候不良のためこの船が最後の便でしたので大急ぎでいろいろ巡りましたが、
これでも友ヶ島の名所でご紹介できた場所は半分ぐらいです(ノ∀`)

話題となっている有名な場所は大体見られましたが、
東側はまったく行けませんでしたので修験場として有名な「虎島」や、
大蛇伝説のある「深蛇池」に第4砲台跡など面白そうなところがまだまだあるようです。

それでも当時の雰囲気の残る建物や、
古い建築物の中に入ってちょっとした冒険という感じを楽しめました☆
また機会があれば是非訪れたいと思える島ですわ(人*´∀`*)

今度は晴れた日に(笑


友ヶ島07-19

*友ヶ島へゆく* 終





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*友ヶ島へゆく・その6「第2砲台跡・旅館跡」  - 2018.08.06 Mon

友ヶ島06-01

友ヶ島灯台から第2砲台跡へやってきました(o´ω`o)ノ

灯台から約300mほど北へ下りていきますと見えてきます。


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第2砲台跡は高台にある他の砲台跡とは違い海岸線にあり、
海峡に差し掛かった敵船を待ち伏せ、真横から砲撃することを目的としたため、
敵からの攻撃にさらされる想定で造られこの第2砲台跡は強固な造りとなっていたようです。

かつてはここに27インチカノン砲が四門備え付けられていました。


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友ヶ島の砲台は大戦中にも使用されることはありませんでしたが、
戦後になり使用を禁ずる目的で第2砲台と第5砲台はアメリカ軍により爆破されました。

ですが全体として当時の原型をよく留めており、
明治の頃の要塞の姿を今に伝えております。



友ヶ島06-13

現在は崩壊が進み危険なため中への進入は禁止されていますが、
外からでも十分見ごたえのある第2砲台跡でした(人*´∀`*)




友ヶ島06-14

野尻キャンプ場の北側まで来ました。

手前の池が「蛇ヶ池」で遠くにポツンと山裾に飛び出して見える木が前々回の「孝助松」、
右の山へ登っていくと灯台や第一・第二砲台跡があります。

そういえば以前この島を観光開発していた南海電鉄グループの「南汽観光」により、
島内の蛇の駆除のために孔雀が数羽放たれ現在も生息しているそうです。
残念ながらなかなか人前にはその姿を現さないそうですが(´・ω・`)


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そして、野奈浦桟橋へと戻る道を歩いていきますと、
かつての旅館や海の家の廃墟群が見えてきます。

この廃墟は十数年前まで南汽観光により友ヶ島観光事業が行なわれていた頃のもので、
かつてはキャンプ場やバンガロー村として夏場は賑わっていたそうですが、
2000年代に入ると観光客数が最盛期の1/5まで減少したため2002年3月末に事業から撤退しました。

その為、今でも島内の電灯柱に「南海」の表記が看板などに残されています。


ちなみに現在は加太漁業協同組合が人員や船などを引き継いだ法人を設立し、
「友ヶ島汽船(株)」として運行されています。


友ヶ島06-19

今回はちょっと時間が無かったので行けませんでしたが、
この建物の奥の山に「第5砲台跡」があるようです。

砲台に行ける道は別にあるかも?(;´Д`)

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神島と野奈浦桟橋が見えてきました、
次でゴールです(*´Д`)というわけであと1回だけ続きます(笑








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*友ヶ島へゆく・その5「友ヶ島灯台・第一砲台跡」* - 2018.07.27 Fri

友ヶ島05-01

孝助松海岸から西の高台へ少し上りますと「友ヶ島灯台」です。


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ですが、「第一砲台跡」が直ぐなのだそうですので灯台行く前に寄り道です(ノシ 'ω')ノシ



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第1砲台跡へ行く途中、第3砲台跡にあった弾薬庫っぽいものが上から見られます♪
ここは鉄の扉や換気装置がついていますね~中に何かあるのかな?


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この円形が「第一砲台跡」……だと思います(笑
ちょっと時間がなかったのでこのあたりの探索はできませんでした(ノ∀`)

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この先は断崖になっていますが「子午線広場」へ続く道もあり、
子午線広場はその名の通りに日本標準時の子午線が通っている広場になっています。


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子午線広場へは行かずに道を戻って灯台へ~


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というわけで『友ヶ島灯台』に到着です(o´ω`o)ノ

友ヶ島灯台は明治初期の大坂条約によって建設された5基の洋式灯台の一つで、
日本で8番目に竣工した西洋式灯台であり歴史的文化財的価値が高いAランクの保存灯台です。

建設当初の明治5年頃は現在の第一砲台跡の辺りにありましたが、
明治23年に第一砲台設置のため東に25mの現在の場所へ移動されました。


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この灯台は明治3年に依頼を受けた英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンにより着工され、
明治5年に竣工され転倒しました。
建設当時はイギリス製の3等不動レンズ、石油3重芯ランプを使用していたそうです。

この石造りの建物は明治の洋風建築として日本では数少ない一つであり、
昭和55年に改築されましたが、ほぼ原型どおりに保存されています。


友ヶ島05-15

次回は第二砲台跡に訪れつつ、最初の野奈浦桟橋へと帰ります(o´ω`o)






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*友ヶ島へゆく・その4「タカノス山展望台・幸助松海岸」* - 2018.07.23 Mon

友ヶ島04-01

それでは次は「タカノス山展望台」へと向かいます(o´ω`o)ノ

この分岐点から右の階段を上りますと「タカノス山展望台」で、
左には「第3砲台跡」があります。


友ヶ島04-02

隣に登りやすい新しい階段があっても古い急な石段を使います(笑


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「タカノス山展望台」に到着っ!ヽ(´□`。)ノ・


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この展望台友ヶ島で最も高いタカノス山(標高119m)にあり、
眼下に紀淡海峡を見下ろし、視界の左右には和歌山や淡路島が見え、
遥か遠くには四国・六甲・和泉・葛城方面の山々が見えます。

晴れていれば(ノ∀`)(笑

タンカーの奥にある陸地が和歌山市辺りかしら?


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こっちは四国・淡路島側

またタカノス山展望台広場の反対側には小展望台があり、
ここからは神島、神戸方面が見られます。


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次は「池尻広場」へと向かいます。


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タカノス山から下りていきますと開けた場所に到着、
ここが「池尻広場」でキャンプ場にもなっています。

広場にある池は「蛇ケ池」という池で、
その先には富士屋別館跡が見えています。

ちなみに島の東側には「深蛇池」という池もあり、
こちらには大蛇伝説があるそうです。


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池尻広場の南側は「孝助松海岸」という海岸になっていまして、
潮溜りが幾つもあり蟹や小魚の観察に良いとか(*´∀`)

海岸左手にある崖の上にたぶん今回行かなかった「旧海軍聴音所跡」があります。


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この海岸で一番目立つ大きな木が海岸の由来になった「孝助松」で、
「昔、難破した船に乗っていた親孝行者の男が一人だけこの松に引っかかって助かった」
という言い伝えがあります。

一見では松とは思えないほど背が高いですね。


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ではっ次の目的地は「友ヶ島灯台」と「第1砲台跡」でっす(`・ω・´)





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*友ヶ島へゆく・その3「将校宿舎跡・発電所跡」* - 2018.07.18 Wed

友ヶ島03-02

第3砲塔跡からさらに奥へ進みますとレンガ造りの構造物が見えてきます。


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ここは第3砲塔群の弾薬支庫跡です。

レンガ造りとアーチ型の窓の庇が洒落てますね(*´∀`)
蝶番の部分と一緒に扉や窓が取り払われているをみますと、
かつては鉄扉や鉄窓がはめ込まれていたと思われます。


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弾薬庫の中はこんな感じて3つある倉庫は奥で繋がっています。
外の部分より劣化が激しい感じですね~白いのは黴かな?


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さらに倉庫群の奥にあるトンネルを通りますと広場に出まして、
「将校宿舎跡」と「発電所跡」の建物が残っています。



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こちらは「将校宿舎跡」です。

友ヶ島には、この要塞に駐屯した将兵が暮らした宿舎が一部残っており、
この建物は将校宿舎として内部は純日本形式の間取りで設計され、
杜氏の将校達の憩いの場であったそうです。

レンガ積みと木造の組み合わさったデザインが良いですね(o´ω`o)

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こちらは「発電所跡」で、
この島の地下施設などの電力を賄っていたそうです。

大きさ的にボイラー火力発電でしょうか?




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さらに広場から奥の切り通しのような所を抜けますと小さな展望所のようなところに出ます。

ここからは湾内の神島が見え、
「探照灯跡」や「南垂水キャンプ場」へと続く道があります。

ちょっと木々か多いので見晴らしはあんまり良くないです(。-ωq`)

友ヶ島03-21

さて、第3砲塔跡に戻りまして、
ここから次は「タカノス山展望台」へと向かいますε=(ノ・∀・)ノ


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Author:七森
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