◎あちこち神社◎
FC2ブログ
topimage

2019-07

ちょっとだけ*竹田城跡* - 2019.06.04 Tue

竹田城2

兵庫県朝来市和田山町竹田にある竹田城跡です(o´ω`o)ノ

数年前から雲海に山城跡が浮かび上がることから、
「天空の城」や「日本のマチュピチュ」とも呼ばれる人気のお城です。


竹田城4

竹田城5竹田城9竹田城10

竹田城は、険しい地形にありながら、曲輪のすべてを石垣で取り囲んだ総石垣の城郭で、
山頂に築かれた城郭としては最後の近世城郭にあたり、
現存する山城として日本屈指の規模となっています。

また城の全容が虎が臥せているように見えることから、
別名・虎臥城(とらふすじょう、こがじょう)とも呼ばれていたそうです。

竹田城11

この石段を登っていくと本丸跡です。

標高353.7mの古城山(虎臥山)の山頂に築かれたこの城は、
天守台を中央に配置し、本丸、二の丸、三の丸、南二の丸が連郭式に配され、
北千畳部と南千畳を双翼とし、天守台北西部に花屋敷と称する一郭があり、
日本屈指の大きさを誇る山城跡となっています。

ほぼ当時のまま残された石垣がとても綺麗な形で残っていますね~(゚▽゚*)♪

映画などの映像作品のロケ地として使われることも多く、
影武者(1980年)・魔界転生 (2003年)・軍師官兵衛 (2014年)などで登場しているようです。



竹田城8

ちなみに件の雲海は秋から冬にかけての日の出前から午前8時頃の間に発生しやすいそうで、
但馬南部地方の天気予報で予測される濃霧注意報が参考になるそうです。



という感じでちょこっとだけ*竹田城跡*でした٩( 'ω' )و おしまい。





○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ





スポンサーサイト

 *出石城跡探訪* - 2019.05.23 Thu

出石城1

唐突に兵庫県豊岡市出石町にある出石城跡でっす(笑(o´ω`o)ノ

山陰本線・京都丹後鉄道の豊岡駅もしくは山陰本線八鹿駅まで行き、
そこから全但バス「出石」行きで約30分、終点で下車します。


出石城4

出石城2出石城5出石城6出石城9



出石城(いずしじょう)は、戦国時代に但馬国守護となった山名氏の最盛期に、
出石神社の北側の此隅山に此隅山城(このすみやまじょう)を築いたのが始まりで、
1569年(永禄12)に織田信長の軍により落城し一時は山名氏は城を失いますが、
今井宗久の仲介によって織田家と和睦することができ領地に復帰しました。

その後、1574年(天正2)、山名祐豊は標高321mの有子山山頂を天守とする有子山城(ありこやまじょう)を築き、
本拠を移して麓に下館も築かれ小城下町の体を成して現在の街並みの原型を築きますが、
後の戦いで毛利氏方についたため、1580年(天正8)に羽柴秀吉による第二次但馬征伐で有子山城も落城し、
但馬国山名氏は滅亡しました。



出石城8

出石城10出石城11出石城12



そして明治時代になり廃城令で出石城も取り壊されましたが、
辰鼓楼、堀、石垣などが現存したいたことから隅櫓、登城門・登城橋などが復元され、
堀の周囲一帯は登城橋河川公園として整備されて現在は有子山城とともに続日本100名城(162番)に選定されています。



出石城14出石城13出石城15出石城16

稲荷台、本丸、山里曲輪を段状に配した梯廓式といわれる出石城跡の、
稲荷郭からは城下町として整備され碁盤の目状の町割であるったことから、
「但馬の小京都」と呼ばれる出石の町並みを一望できます。

ちなみに「江戸時代三大お家騒動」の仙石騒動はここが舞台です٩( 'ω' )و


出石城17

出石城の本丸跡には感応殿と呼ばれる社殿が建てられ、
漫画『センゴク』の主人公で出石藩主仙石氏の祖である仙石秀久が祀られています。
仙石秀久は大盗賊・石川五右衛門を捕らえた豪傑としても有名です。


出石城2




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ





*伊勢古道・竜ヶ峠を歩く 09 久昌寺から伊勢駅行きバス停まで * - 2019.05.12 Sun

伊勢古道・竜ヶ峠09-01

伊勢古道・竜ヶを歩くシリーズのおまけ
「公共交通機関のあるところまで歩く編」です(*´д`*)(笑

ここは竜ヶから来た道と村道が交わる箇所で、
画面外の右手に久昌寺があります。


伊勢古道・竜ヶ峠09-02

平家の家紋つきの案内板(人*´∀`*)いいね

この案内図では今回歩いてきた道は上、
右に行き人家が無くなった所からさらにを越えていきますと五ヶ所湾という海に出ます。

そして今回は国道に出る為案内板の左の方向、
下村を越えてその先の横輪町をとりあえず目指します三(ง ˙˘˙ )ว


伊勢古道・竜ヶ峠09-03


こういう感じの道をずっと歩いて行きました~
このあたりが案内板にあった「ホタルの谷」かしら?

ちなみに横を流れる川は宮川の支流の一つで、
本流に合流する所で国道につながります。

伊勢古道・竜ヶ峠09-04

すごく手作り感のある平家の里・矢持町の案内板です(゚▽゚*)♪

他の町に繋がる道はこの一本だけ、
洞窟が二つ・町の中心に公民館と神社とお寺、
四方に小さな社も幾つか…ゲームの舞台として良いロケーションです(笑


伊勢古道・竜ヶ峠09-05


矢持町の下村という地区まで来ました(ノシ 'ω')ノシ

この地区にも平家の里としての名所がいくつかあるようですね~
面白いところでは宮本武蔵が修行した場所というのもあるみたいですよ。

バス停がありますがこれはコミュニティバスのバス停で、
この道沿いの集落の方が伊勢市へ買い物に出るときに使うようです。


伊勢古道・竜ヶ峠09-06


さて、そろそろ矢持町と横輪町の境界かな?


伊勢古道・竜ヶ峠09-07


車道が二車線になった(。・`Д・´)


伊勢古道・竜ヶ峠09-08


伊勢古道・竜ヶ峠09-09伊勢古道・竜ヶ峠09-10伊勢古道・竜ヶ峠09-11


というわけで横輪町に到着っ!
久昌寺からここまで約3kmほどでした。

横輪町はこの町固有種の桜「横輪桜」で有名な地域で、
横輪桜がこれだけあるのは日本で唯一ここだけだそうです(o´ω`o)
小さな道の駅のようなお店の中には桜を使った名産がいくつもあり、
伊勢うどんや横輪芋の御蕎麦など軽く食事できる感じになっています。

あと飲食できるお店もこの辺りでここだけっぽいです。

伊勢古道・竜ヶ峠09-12

小山っぽい所に登って横輪町全体を見つつ、
矢持町方面も見てみる(*´Д`)

山裾が重なるその先が矢持町です。

伊勢古道・竜ヶ峠09-13

伊勢古道・竜ヶ峠09-14伊勢古道・竜ヶ峠09-15



さらに道なりに先へ進んで行きますと、
横輪町の中心から外れる辺りに「弘法井戸」というものがありました。

この井戸は昔、村が大干ばつで飲む水にも難儀していたところ、
一人のたびのお坊さんが現れ、
「ここを掘って見なさい」と杖で示された場所を掘ったところ清水が湧き出し、
水飢饉が救われたと伝説のある井戸なのだそうです。

弘法さんの座っているお座布団も桜の柄でかわいい(´ー`)

伊勢古道・竜ヶ峠09-16


さらに進んだところの町外れに源平桃がありました(*゚∀゚)=3


伊勢古道・竜ヶ峠09-17

源平桃というのは白と紅二色の桃が一つの木に咲いている種で、
このように白と紅がはっきりと分かれていたり交じり合っていたりしています。

平家の里に源平桃とか面白いですね♪

伊勢古道・竜ヶ峠09-18

国道の看板が見えてきましたヽ(´□`。)ノ・゚
ここで国道169号線に合流です。


伊勢古道・竜ヶ峠09-19


交差点の信号を渡ったところにバス停があり、
伊勢市駅前経由の宇治山田駅前行きのバスが走っています。
平日休日共には一日8本、大体2時間1時間に一本で最終は17時55分でした。

久昌寺からここまで約5kmぐらいでした٩( 'ω' )و


伊勢古道・竜ヶ峠09-20


というわけでーこれにて「伊勢古道・竜ヶ峠を歩く」シリーズ完全終了でっす+.゚(*´∀`)b゚+.゚

今回は伊勢古道・竜ヶ峠道を伊勢神宮から歩いてきましたが、
逆にこちらから歩いて行きますと、かつての街道をを歩き集落を抜け、
峠道からやがて伊勢神宮へと至る裏参道となっていて、
歴史がとても楽しめるハイキングコースという感じでした(人*´∀`*)楽しかった♪

ただし、竜ヶ峠の頂上から宇治(伊勢神宮)側の山道は、
歩き慣れていない方ですとたいへん危険な箇所がいくつかありましたので、
もし行かれるのでしたらそこはご注意くださいませ。




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ






*伊勢古道・竜ヶ峠を歩く 08  知盛山・久昌寺* - 2019.05.06 Mon

伊勢古道・竜ヶ峠08-01

それでは伊勢古道・竜ヶ峠の最終行程、
矢持側登山口からゴールの知盛山・久昌へ出発です٩( 'ω' )و



伊勢古道・竜ヶ峠08-02

伊勢古道・竜ヶ峠08-03伊勢古道・竜ヶ峠08-04伊勢古道・竜ヶ峠08-05




その途中にも名所らしき場所がっ!!(-_☆)

この立派な石垣は「高切間の石橋」という野面積みの橋で、
江戸時代に小さな谷や水路の多かったこの場所を、
大八車が通れるようにと村人たちの出会い作業で作られた自然石を利用した石橋なのだそうです。

ちなみに横にある石垣は棚田のもので、
アスファルト道路の下が件の石橋になっています。


伊勢古道・竜ヶ峠08-06

高切間の石橋の少し先からポツリポツリと家々が見えはじめ、
集落という雰囲気になってきます。



伊勢古道・竜ヶ峠08-07

あっ、洒落た朱色の橋だわ~
っと思って近づいてみますとガードレールが赤く塗られただけでした(ノ∀`)(笑


伊勢古道・竜ヶ峠08-08

案内板にも久昌の記述が無くなり、
すこし先にある集落「横輪」の表記になりました。


伊勢古道・竜ヶ峠08-09

ちょっとおの施設っぽく見えますが、
消防団のポンプ者とかの格納庫と集会所のようでした。


伊勢古道・竜ヶ峠08-10

久昌はこの建物の隣、
峠から来た道と集落の主要道路の交わる辻に建っています。


伊勢古道・竜ヶ峠08-12

伊勢古道・竜ヶ峠08-13伊勢古道・竜ヶ峠08-11伊勢古道・竜ヶ峠08-14伊勢古道・竜ヶ峠08-15



ここが知盛山・久昌
伊勢神宮内宮のある宇治地区から歩いてきた伊勢古道「竜ヶ峠」のゴールですヾ(@^▽^@)ノ
すごく大きな二本の松が目印になっています。

「知盛山・久昌」は建久元年(1190年)の建立で、
ご本尊の阿弥陀如来には承久3年(1221年)8月20日の胎内銘があり、
西海に沈んだ平家を弔ってこの仏を造らせたという文が添えられているそうです。

阿弥陀如来は仏師僧幸賢の作の像で、
昭和31年(1956年)に国の重要文化財に指定されています。


伊勢古道・竜ヶ峠08-17

そしてこの久昌寺に伝わる伝説では、
久昌寺が建立される五年前の壇ノ浦の合戦で源義経に敗れ、
安徳天皇をはじめ平家一門の入水を見届け自らも海に身を投じ果てた平知盛が、
実は生き延びで平家の再興を誓い従者30人と共に紀州の南海を廻り、
五ヶ所湾から山越えをして前山に隠れ住み、
その後、神宮外宮の長官の保護を受け、北条時政による探索をのがれ、
鷲嶺の峰をこえて矢持集落周辺の菖蒲の里に移り住んだといわれています。


伊勢古道・竜ヶ峠08-18

本道の裏手には平知盛卿塔所があり、
「当地草創久昌寺殿従二位新中納言平庵知盛大禅定門」と書かれた卒塔婆と石塔があります。

この鐘楼の周囲を取り巻く小さな石塔の墓石は平知盛に付き従った平家一門のお墓だそうです。

平知盛は平家物語の中で「見るべき程の事をば見つ、今はただ自害せん」といって、
鎧を二枚着てそれを錘にし入水したとされていますが、
実は生きていて平家発祥の地である伊勢へと逃れてきていたという話は興味深いですね(o´ω`o)



伊勢古道・竜ヶ峠08-21

というわけでー「伊勢古道・竜ヶ峠を歩く」シリーズは、
ここで一応のゴールでっすヽ(´□`。)ノ・゚ありがとうございましたー

なぜ「一応」と付くかといいますと…
伊勢市駅へ帰るための市バス停までここから結構長かったからです(*´Д`)

ここからバス停まで歩く番外編につづくかも(笑




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ







*伊勢古道・竜ヶ峠を歩く 07 * - 2019.04.24 Wed

伊勢古道・竜ヶ峠07-01

はいっではー前回竜ヶの登山口まで降りてきましたので、
ここから矢持町集落にある久昌寺目指して歩いていきます(ノシ 'ω')ノシ


伊勢古道・竜ヶ峠07-03

伊勢古道・竜ヶ峠07-05伊勢古道・竜ヶ峠07-04

と、その前にここ茶屋口にある「新鉱物発見場所」を見学です(-_☆)

ここはレアアース含有鉱石・伊勢鉱など4種類の鉱石が発見された場所で、
2011年に地元の鉱石研究家の方が発見し、
2013年に国際鉱物学連合から新鉱物に指定されました。

なかでも「ランタンパナジウム褐廉石」は現地点が世界で唯一の産地となっており、
2013年の認定当時は新聞テレビインターネットなどで大ニュースとなりました。

鉱物学会では伊勢の名物は「新鉱石」とまで言われているそうです(笑


伊勢古道・竜ヶ峠07-06

では、先へと進んでいきます。
ここまで来ますと山道ではありますが平坦な道が続きます。


伊勢古道・竜ヶ峠07-07

そんな道沿いにも見所の案内板が(人*´∀`*)

ここは「兵士の窯跡」という場所です。

伊勢古道・竜ヶ峠07-08

太平洋戦争の頃、伊勢神宮を守る護衛兵の人達が矢持町の警護も兼ね、
菖蒲地区・下村地区の民家に泊り込み竜ヶ峠を越えて神宮へ行き来し、
地元の人の協力を得て作った窯で炭焼きもしていたそうです。

地元の人々は親しみをこめて「兵士の窯」と呼び、
現在は窯の基礎部分が一箇所残っているだけとなっています。

伊勢古道・竜ヶ峠07-09

兵士の窯からすこし進みますと広場の様な所に出ます。


伊勢古道・竜ヶ峠07-10

伊勢古道・竜ヶ峠07-11伊勢古道・竜ヶ峠07-12



この「竜ヶ峠頂上1.6km・久昌寺1.3km」という案内板がある場所は「広口」といわれる場所で、
昭和40年頃までこの奥にある広ノ谷の奥に田を作っており、
その入口部分ということで「広口」と呼ばれています。

かつては高麗広へ抜ける道もあったそうですが、
現在は荒廃して不通となっています。

伊勢古道・竜ヶ峠07-13

広口だけに道も広くなってきました(*´Д`)(笑


伊勢古道・竜ヶ峠07-14

ちょっと変わった山桜も咲いていました。


伊勢古道・竜ヶ峠07-15

この桜は「横輪桜」というこの地域固有の桜で、
雄蕊の部分が突然変異で花弁になることがあるという珍しい桜です。


伊勢古道・竜ヶ峠07-16

ちらほらと山肌を山桜が彩っています♪

伊勢古道・竜ヶ峠07-17

山道を抜けて矢持町集落へ~ε=(ノ・∀・)ノ

本道も舗装され完全に山を抜けた感じです。

伊勢古道・竜ヶ峠07-18

振り返るとこんな感じで~左の道が峠へ行く道です。


伊勢古道・竜ヶ峠07-19

ここを流れる小川は「菖蒲川」で架かる橋は「覆盆子橋(ふぼんじばし)」です。

この橋を渡った先にある道を進みますと少し前までは営業されていた、
平家の里キャンプ場」というのがあったそうです。


伊勢古道・竜ヶ峠07-20

そして覆盆子橋ほ渡ってすぐ左手にあるのは「炭焼き窯」です。


伊勢古道・竜ヶ峠07-21

この平家の里に伝わる炭焼き窯は樫の木を原材料とした「矢持木炭」という品質の良い木炭を生産していた場所で、
江戸時代からこの地域の主要な産業となり、
昭和30年頃には最盛期を向かえ四日市・名古屋方面へと出荷されていたそうです。


伊勢古道・竜ヶ峠07-22

ここから目的の久昌寺へはあと0.8kmほど(o´ω`o)もうすぐです☆







○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ





NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

七森

Author:七森
あちこち出かけた先で撮影した
神社の写真です。

あと日常の写真も少々~♪

なぜかちょっぴりお菓子のレシピも(*´Д`)

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

カウンター

カテゴリー

Script by Lc-Factory
(詳細:Lc-Factory/雑記)

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

(・∀・)人(・∀・)

この人とブロともになる

ブロとも募集中でっす♪

スポンサードリンク

RSSリンクの表示