◎あちこち神社◎
topimage

2017-03

*京都御所散歩-朔平門・猿ヶ辻・建春門* - 2016.04.29 Fri

京都御所01-22

京都御所散歩の続きです(o´ω`o)ノ

建礼門のちょうど反対側、御所の北側まできました~


京都御所01-23

京都御所北正面の朔平門(さくへいもん)です。

平安宮内裏外郭の北正面にあり、内郭の玄輝門と相対する門で、
南面との構造を比較して、この門の東に門が存在しないことが疑問視されており、
裏松光世は『大内裏図考証』で「華芳房を設置する際に門が廃されたのではないか」と述べられています。

この門では幕末の文久3年5月20日(1863年7月5日)に起こった「朔平門外の変」が有名です。

京都御所01-14

「朔平門外の変」は、
朔平門より西に行った所にある御所の鬼門の「ヶ辻」で起こった暗殺事件で、
破約攘夷派の代表的存在であった姉小路公知がここで暗殺され、
そのことにより姉小路という旗手を失ったはずの破約攘夷派勢力がむしろ増長し、
それに危機感を覚えた孝明天皇の周囲から破約攘夷派を排除する計画が立てられ、
京都守護職を務める会津藩を巻き込んで八月十八日の政変につながっていくことになった事件です。

京都御所01-15

が辻」は京都御所の東北角、鬼門にあたる場所にあり、
築地塀の角を欠いて京都の鬼門守護の日吉大社の神使のが祀られています。

言伝えでは、このが夜な夜なぬけだしては通行人にいたずらするため、
金網で封じ込めたのだそうです(*´Д`)


京都御所01-19

御所の東面でっすヽ(´ー`)ノ
こちら側は車道から離れているため静かです♪

京都御所01-24

平安宮内裏外郭の東正面にあり、内郭の宣陽門と相対する「建春門(けんしゅんもん)」です。

昔はこの門のすぐ外に外記庁の建物があったことから「外記門」の異名を持ち、
江戸期までは勅使の出入りに使われていましたが明治以後は皇太子や皇后の出入りに使われるようになり、
現在は外国の元首が出入りする際にも使われています。

京都御所01-16

御所の東側、建春門と道を挟んだ前にある「学習院跡」です。

この辺りはもともと宮家や公家の住まいがあった場所で、
1847年(弘化4年)ここにあった空き地の一部に学問所を建て、
40歳以下の公卿や御所に勤めている役人及びその子弟を集めて学問を教える事にし、
主に国学や歴史を教えていたその場所は「学習院」と呼ばれるようになりました。

各藩から学習院に派遣される要員は学習院掛あるいは学習院出仕と呼ばれるようになり、
主な志士だけでも、桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作、平野国臣などが居り、
彼らによって朝廷は尊王攘夷へと傾いて行くこととなりました。


京都御所01-17

その学習院跡の隣には「マツの木に生えたサクラ」という不思議な木があります(o´ω`o)

ここにはもともと古いクロマツがありましたが平成8年に倒れ、
そのクロマツの空洞に生えた山桜が松が倒木してもその空洞に守られて根や枝を伸ばし、
写真のように立派な桜木になっています。

桜の時期になりますと綺麗な桜が咲きまして、
今年も桜の花をいっぱい咲かしていたようです(人*´∀`*)

京都御所01-20

京都御所周辺を歩いて一周して正面まで戻ってきましたーεε (っ*´▽`)っ

御所をぐるっと一周して約1400mほど、
京都御苑を一周しますと4000mぐらいです。


京都御所01-26

そんなかんじで京都御所一周散歩でした~♪
観光客が少ない午前中に行きますとのんびり出来て良い感じですよ~(´ー`)


ちなみに京都御所の参観は予約不要の春秋の特別公開と事前の予約が必要な一般公開があり、
一般公開は休日や年末年始、行事のある日を除く月曜から金曜日までで、
3月・4月・5月・10月・11月は土曜日も参観申し込みが可能です。

特別公開時には一般公開のときには入れない紫宸殿の前庭に入ることができますので(-_☆)狙い目です。


京都御所01-21

京都御所の発見(☆∀☆)なんとなく凛々しいかも(笑




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ






スポンサーサイト

*京都御所散歩-建礼門・蛤御門・宜秋門* - 2016.04.26 Tue

京都御所01-01

お天気が良いので唐突に京都御所をぐるっと散歩♪((o´ω`o)ノ

これは九条池から御所の建礼門へ至る京都御苑で一番広い道で、
京都御所から下鴨神社を経て上賀茂神社に至る5月15日の「葵祭」で賑やかになる通りです。

京都御所01-02

御所内裏外郭の南正面にある「建礼門(けんれいもん)」で、
この門の奥に承明門、その先が紫宸殿になっています。

平安京内裏の外郭門の中で最も格式の高い門とされ、
現在も天皇・皇后または外国の元首級の方のみ通ることができます。

御所一般参観時にも開門されることはありませんが、
間近で見学することはできます(人*´∀`*)

京都御所01-04

京都御所01-08京都御所01-07京都御所01-05

建礼門から左手、西へ行きますと有名な「蛤御門」があります。

この門はかつて「新在家門」と呼ばれていましたが、
江戸時代ま大火で、それまで閉ざされていた門が初めて開いたことから、
「焼けて口開く蛤」にたとえて「蛤御門」と呼ばれるようになりました。

また、この門の周辺では江戸時代末期の1864年に、
長州藩と御所護衛にあたっていた会津・桑名・薩摩との間で激戦が行われ、
後に「禁門の変(蛤御門の変)」として知られる歴史的事件がありました。

この門の梁などにはその戦いでできた鉄砲による弾傷らしき跡がいくつか残っています。


京都御所01-06


たぶん鉄砲の跡……かな?(*´Д`)(笑


京都御所01-10

蛤御門近くにある「清水谷家の椋(むく)」です。

昔、ここの清水谷家という公家の屋敷があったことからそう呼ばれ、
樹齢300年といわれる御苑内では数少ない椋の古木です。

禁門の変では、ここで長州藩士の遊撃隊の総督・来島魔又経兵衛が討ち死にしたとも伝えられています。


京都御所01-03

蛤御門から建礼門の方向を眺めた景色です(*゚∀゚)=3

遠くに見える山は大文字山で、
「五山の送り火」にて「左大文字」の送り火が焼かれる山です。

京都御所01-11

では御所西側の道を北へと歩いていきまっすεε (っ*´▽`)っ

京都御所01-12

平安宮内裏外郭の西正面にある「宜秋門(ぎしゅうもん)」です。

『大鏡』では花山天皇の頃の5月の雨の夜に天皇と雑談していた藤原道隆・藤原道兼・藤原道長が、
「こんな夜には一人であちこち出歩けまい」と言われれたことから今で言う肝試しをすることになり、
それぞれ内裏内の各所に一人で歩いていきますが道隆が宜秋門を出るまでは我慢できたものの、
その先の宴の松原で怖くなって引き返してきたという話が伝わっています(´ε` )♪

また、「増鏡」に記述されている正応3年(1290)に起きた「浅原事件」にて、
首謀者である浅原八郎為頼らが伏見天皇を暗殺すべく内裏に乱入したのはこの門からなのだそうです。


あと御所一般参観時ではここと隣の門が開かれていることが多いですね~


京都御所01-13

宜秋門り彫刻は目が白くてちょっと怖いです(ノД`)(笑


京都御所01-09


長くなったので京都御所散歩は後半に続きまっす☆






○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ


日本遺産の斎宮へ行ってきました~「いつきのみや歴史体験館」 - 2016.03.13 Sun

いつきのみや歴史体験館01

さて、いろいろ斎宮の史跡を巡りまして、
最後に最初の斎宮駅に戻って「いつきのみや歴史体験館」に入ってみました♪


いつきのみや歴史体験館02

時間的に閉館ギリギリの時間になっていました(ノ∀`)あー申し訳ない


いつきのみや歴史体験館04

いつきのみや歴史体験館」は「史跡斎宮跡」の保存活用・整備の一環としまして、
文化庁の地方拠点史跡総合整備事業により建設され平成11年10月2日に開館しました。

外観は平安時代の貴族の邸宅の寝殿造と古代の役所の建物をモデルとして建てられており、
館内には斎宮が最も栄えた平安時代を中心に、
当時の歴史や文化を身近に体験・学習できる施設となっています。


いつきのみや歴史体験館05

いつきのみや歴史体験館06館内に入ってまず目に飛び込んでくるのがこの雅な輿「葱華輦(そうかれん)」です。

葱華輦は斎王が京の都から斎宮までやってくるときに乗った輿(こし)を復元したもので、
天皇・皇后・斎王など特別な人しか乗ることが出来なかった輿です。

それがなんとこの体験館では乗って乗り心地を体験することができるのですっ!

でも、恥ずかしいので乗ってすぐ降ります(;´Д`)子供さん用かな(笑

いつきのみや歴史体験館07

他にも平安貴族の遊びである「 貝覆い(かいおおい)」「盤双六(ばんすごろく)」の道具があり、
係の方に申し出ますと古代の遊びの体験ができます。

特に盤双六は平安時代に流行りすぎて禁止令も出るほどでしたので、
オススメです(-_☆)v



いつきのみや歴史体験館08

いつきのみや歴史体験館09いつきのみや歴史体験館11いつきのみや歴史体験館12

これは常設の体験企画の「袿(うちき)をはおってみよう」のコーナーです。

袿(うちき)は貴族の女性が着ていた「十二単」の一部分を復元したもので、
単を着て、それから袿に袖を通して簡単に平安衣装を体験することができます。

着た後はこの畳の上に立って記念撮影することもできます(人*´∀`*)

また完全予約制で有料ですが本格的な「十二単」を試着体験をすることができ、
記念撮影もしていただけます。

男性用の直衣もあるそうです☆


いつきのみや歴史体験館13

常設と季節毎の展示の他にも、
古代の年中行事にちなみました「茱萸嚢(しゅゆのう)」「卯槌(うづち)」などの小物作り、
お香を使った古代の香り作りや土器づくりなど様々な体験講座が季節ごとに催されています。

大きなイベントしましては、
6月の「斎王群行」、9月の「いつきのみや観月会」、12月の「追難のまつり」があり、
なかでも6月のハナショウブの咲く頃に行われる「斎王群行」は大きなイベントで、
斎王をはじめ、女別当・内侍・近衛使など総勢約120人の人々が平安衣装を身にまとい、
街中を群行する姿は圧巻なのだそうですよ(o´ω`o)一回拝見してみたいものです♪

くわしいスケジュールや内容などにつきましては、
こちらの「いつきのみや歴史体験館」公式HPへどうぞ↓
http://www.itukinomiya.jp/



いつきのみや歴史体験館14

いつきのみや歴史体験館15いつきのみや歴史体験館16いつきのみや歴史体験館17

こちらは「いつきのみや歴史体験館」の目の前にある「いつき茶屋」です。

ここでは地元の特産物やオリジナル商品のお土産の販売、
ちょっとした軽食をいただくことができます。

今回は食事をここではいただかなかったのですが
特産物のひじきを使った「ひじきうどん」や古代米のメニューがあり、
美味しそうでした(゚▽゚*)♪

あと予約制ですが「斎王の宝箱」という斎王の食事を再現したお弁当が、
こちらの茶屋でいただくこともできるそうです。

お土産はもちろん古代米を使った「斎王せんべい」がオススメですよ(o´ω`o)ノ

いつきのみや歴史体験館18


というわけで何回かにわけて続きました「日本遺産の斎宮へ行ってきました~」のシリーズ、
これにておしまいですヾ(@^▽^@)ノ

今回は斎宮駅の近くの遺跡などを主に回りましたが、
周囲にはまだまだ史跡や発掘調査中の場所などもあり、
見所沢山なかんじです(´ー`)機会があれば今度はもうちょっと遠くの史跡も見て見たいと思いました☆




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ





日本遺産の斎宮へ行ってきました~「八脚門跡と惇子内親王の墓」 - 2016.02.28 Sun

惇子内親王の墓と八脚門跡01

今回は斎宮の史跡や歴史体験館などがある斎宮駅裏から、
斎宮駅の前側の史跡をちょっと巡ります(´ε` )♪

電車で伊勢に行く時はいつも窓から史跡側を見ていましたので、
こちら側に来たのは初めてです(ノ∀`*)

ちなみに江戸時代の旧伊勢街道はこちら側を通っています。

惇子内親王の墓と八脚門跡02

まずは駅近くにある史跡「八脚門跡」へεε (っ*´▽`)っ

八脚門跡へは斎宮駅前から伊勢街道の県道428号線に出て左に曲がり、
100メートルほど歩いたところに細い路地に入る曲がり角に看板が出ています。

写真では大きく見えますが結構小さな看板で車ですと見落としやすいかんじです(;´Д`)

惇子内親王の墓と八脚門跡03

惇子内親王の墓と八脚門跡05ババァーーンッと「八脚門跡」でっすヽ(゚▽゚*)ノ

…とまぁ勢いを付けて行ってみましたが、
門跡を発掘調査した目印的なものがあるだけで地味です(笑

地味ですが、この八脚門跡の発見は斎宮跡の発掘史上画期的な発見でした。 

惇子内親王の墓と八脚門跡04

平成5年に方格地割の南西の区画の南面で、
この掘りに取りつく形の平安時代初期の八脚門が見つかりました。

八脚門は都の役所や宮殿でも重要な施設にのみに使われる、
前後に4本ずつ、計八脚の柱が屋根を支える形の門で、
この発見により方格地割が最大で東西7列あると特定されました。

この八脚門を斎宮の南門として両側からは板掘が東西に延び、
平安時代には史跡の東限から史跡中央部まで展開していたことがわかります。

惇子内親王の墓と八脚門跡06

さて、次はこの八脚門跡から見える山の方、
手前の丘陵っぽいところに向かいます(o´ω`o)ノちょっと遠いです。


惇子内親王の墓と八脚門跡07

惇子内親王の墓と八脚門跡08惇子内親王の墓と八脚門跡09

県道37号線の「有爾」という交差点を玉城方面への道に入り、
すぐ右手にある町立・暁幼稚園(現在は廃園)が見えますのでそこを右折し、
その幼稚園の門前を道なりに進んで共同墓地の前を過ぎますと、
惇子内親王墓伝承地の標識が見えてきます。

ここが「惇子内親王の墓」と伝えられている場所です。

惇子内親王(あつこ/じゅんしないしんのう)は、
初代斎宮の大来皇女から数えまして第56代目の斎宮にあたる方で、
後白河天皇の第5皇女で、母は坊門局、堀河斎宮とも呼ばれていました。

仁安元年(1168)に、異母弟の高倉天皇の即位にともない12歳で斎王に選ばれ、
嘉応元年(1170)に伊勢へと群行されますが間もなくお身体を崩され、
母である坊門殿が伊勢へ下向しますが回復はせず15歳で薨去し、
在任中に伊勢で薨じた2人目の斎宮となられました。

その後、惇子内親王が葬られた場所の伝承は早くに消失し、
長くその場所は定かではありませんでしたが、
明治の皇族墳墓の調査が全国で行われた際に、
ここが陵墓と比定されました。

その根拠には惇子内親王が「堀河斎宮」とも称され、
この地に「掘川溝」という溝があり数基の塚があったことからとされています。

しかしながら現在ではこの塚から陶器・鉄器・銀環などが出土したことから、
古墳時代後期の群集墳と考えられるようになり、
以前の比定は根拠のあるものとはいえなくなりました。

ですが、近代斎宮跡の顕彰史の一頁を飾るという意味で重要な史跡であることから、
昭和58年に町史跡指定がなされています。

惇子内親王の墓と八脚門跡10





○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ




日本遺産の斎宮へ行ってきました~「隆子女王の墓と栗須美神社跡」 - 2016.02.25 Thu

隆子女王の墓01

斎宮の史跡から少し離れた場所にある「隆子女王の墓」です。

斎宮史跡からは約3キロほど大淀海岸へ向かう道の途中にあり、
周囲が住宅街や田園となっている為すこし判り難い場所になっています。

斎宮歴史博物館からは県道707号線を神麻続機殿神社方面へ向かい、
栗須美神社跡のある十字路を右手に曲がりますとここに着きます。

国道23号線からは明和町行部2の信号機を伊勢に向かって右折し、
車で3分程走りますと隆子女王の墓の標識がありますので、そこを右に入ります。

隆子女王の墓02

隆子女王の墓03隆子女王の墓04隆子女王の墓05隆子女王の墓09




隆子女王の墓は地元の方の古い墓地区画の隣にあり、
長い間「姫塚」と呼ばれていた古墳群の中の一つを、
明治16年の調査によって隆子女王の陵墓と認定し、
現在は宮内庁によって管理されている陵墓です。


隆子女王の墓06

隆子女王の墓08隆子女王は971年にこの地に参られた第43代の斎王で、
第60代天皇・醍醐天皇の孫女にあたります。

円融天皇の代の斎宮として安和2年(969)に卜定(ぼくじょう)され、
翌年971年に伊勢へ赴き斎宮の任に就いましたが974年に病に罹り、
わずか3年の在位で病死し、この地に葬られました。


この時の流行の病とは「疱瘡」のことで、その猛威は89日間におよび、
多くの死者が出たことが歴史書にも記されています。
そして斎王斎宮で亡くなるのは、この時が初めてのことでした。


現在の隆子女王の墓は静かな場所にあって管理の行き届いた綺麗な陵墓で、
斎王の面影を偲ばせるような清楚な雰囲気があります。


隆子女王の墓10

隆子女王の墓へ向かう途中にある「栗須美神社跡」です。

9世紀中期の弘仁年間(820)頃に、
嵯峨天皇が大己貴命を祀り鎮守の神社とするようにと斎王に命じ、
鎮守の神社として祀られるようになったという伝説が創始にあり、
鎮守台とも呼ばれていました。

現在は石碑と小さな社があるのみとなっています。


ちなみにこの写真ですと左へ行くと斎宮歴史博物館で右に行きますと神麻続機殿神社、
手前が隆子女王の墓への道となっています。




○いつもポチッと投票ありがとうございます(o´ω`o)励みになります♪○

blogram投票ボタンにほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ





NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

七森

Author:七森
あちこち出かけた先で撮影した
神社の写真です。

あと日常の写真も少々~♪

なぜかちょっぴりお菓子のレシピも(*´Д`)

にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ

神社・お寺巡り ブログランキングへ blogram投票ボタン

カウンター

カテゴリー

☆PR☆

ソーシャルミュージックサイト OKMusic 音楽に参加しよう! ワクワクを世界に届けよう♪ サイフもココロもハッピーに!ちょびリッチ

○義援金・募金のお願い○

募金のご協力お願いします。

クリックで救える命がある。

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

(・∀・)人(・∀・)

この人とブロともになる

ブロとも募集中でっす♪

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサードリンク

RSSリンクの表示