●外宮の白馬● - 2012.02.24 Fri

ちょっと伊勢に行ってきました。
時間が無くて外宮の御正殿だけの御参りとなりましたが(´・ω・`)
伊勢神宮は平日でも参拝者が沢山来られてますね♪

めずらしく神馬さんがヾ(@^▽^@)ノ
御厩に居る白馬はともに、伊勢神宮の神様に仕えるために御料牧場で大切に育てられた神馬で、こちらは去年の「御馬牽進式(みうまけんしんしき)」で外宮に来た「笑智号(えみともごう)」です。
まわりに人が多いので、奥で耳だけこちらに向けて警戒中です(笑

こちらに来て顔を見せてくれました(人*´∀`*)
やさしい目と顔をした白馬です♪

「せんぐう館」では外宮正殿原寸大模型や太刀や馬具、楽器など神宝の製作過程を紹介する資料館や、奉納舞台で催される雅楽や狂言などの伝統芸能を観覧できます。
4月7日開館に開館する予定だそうです。

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▼高河原神社▼ - 2011.10.17 Mon





手水舎の横にある大きな楠木より奥に進むと鎮座されています。
延喜式神名帳の川原坐国生神社に比定されている古社です。





宮川の高河原といわれていた土地開拓の守護神とされていますが、御祭神名については諸説あります。
『神名秘書』では月讀御玉、『類聚神祇本源』は月夜見神社御玉、
『神名帳考證再考』倉稻魂命、『二宮管社沿革考』国生神、と書かれています。
旧社地に関してもいくつかの異説があります。





この大楠は、まるで両手を広げたように幹を伸ばし参拝者を迎えているかのようです。



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▼田上大水神社・田上大水御前神社▼ - 2011.07.27 Wed





その濠をめぐらせた丘の上に豊受大神宮摂社・田上大水神社と豊受大神宮摂社・田上大水御前神社の両社があります。
かつてはこの辺り一面が水田だったため今よりもいっそう目立つ場所であったといわれています。





正面を向いているのが田上大水神社、横(東)を向いているのが御前神社になります。
田上大水神社の御祭神は小事神主。
小事神主は欽明天皇の時代の豊受大神宮の神主で、度会四門の祖神であるらしく中世以降衰微していましたが承応元年に、度会四門の氏人によって再興されました。
そして田上大水御前神社の御祭神は宮子。
宮子は小事神主の娘で斎王の御杖代だったと言われる女性です。
両祭神ともに神田の水の神でもあります。





北が後圓部、南が前方部の前方後圓墳であったと思われ、社殿の裏に横穴式石室があると考えられています。
周囲の住宅化進んだ現在でもこの丘は緑の目印として、とてもよく目立ち田上大水神社へと導きます。




▼山末神社▼ - 2011.06.19 Sun





御祭神は大山津姫命。
高倉山の山の末にいます神で豊宮崎の御田口の山の神。
昔から山末の堰谷に坐す神といわれ、 神田を潤す泉の神です。
神社前には泉の名残のような小さな池があります。





詳しい理由はわかりませんが、おそらく山肌にあった山末神社が復興される際に新たに整備しなおし整地したことで不思議な鳥居の位置になったと思われます





豊受大御神は食物・穀物を司る神であり、明治時代の神宮大改革が行われる前まで外宮の地で行われる「御田植神事」は盛大で神事の見物者も多い風情溢れる賑やかなものであったそうです。
いまは住宅化がすすみ、ちいさな外宮御料田の休耕田があるだけです。
▼大津神社と上御井神社▼ - 2011.06.05 Sun





もと神社町大字竹鼻にありましたが明治六年現地に再興されました。
明治六年旧地をさがしたが明らかにならず、竹鼻の地は不明で阿竹の箕曲氏社という説もあります。





五十鈴川の河口、大湊の湾口の守護の神です。
社名の「津」というは港のことで港の神であることを表しています。
さらに奥へ進み、楠の大樹を左に曲がると…





御祭神は上御井鎮守神、大神宮の御料水を守護する神です。
その創祀は外宮のご鎮座当時に遡り、高天原の「天の忍穂井」からこの御井戸に御水が移されたと伝えられています。



神職が水を汲むときは柄の長い柄杓を使い、自分の影が水面に映らないように気をつけて汲みます。