◎あちこち神社◎
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2017-08

▼多岐原神社▼ - 2012.04.12 Thu

多岐原神社01多岐原神社02多岐原神社03多岐原神社04

ナナモリ(楽2手2)s瀧原宮より下流へ約6km、JR三瀬谷駅より42号線沿に進み、舟木大橋を渡って左折し宮川沿いに2Kmほど進んだところにある皇大神宮摂社多岐原神社です。

三瀬の集落の中にあり、神社を示す看板は小さな木の案内板があるだけなので、少々見つけにくいかもしれません。
案内板より左手方向、宮川の川岸に降りていくと多岐原神社は見えてきます。

多岐原神社05多岐原神社06多岐原神社07多岐原神社08

ナナモリ(普b-01)s御祭神は真奈胡神(まなこのかみ)

倭姫命が御杖代として天照大御神を奉戴して宮川下流の磯宮を発ち、御鎮座の地を求めて行く途中で、砂をも流す急流の瀬を渡りあぐねていたところに出迎えお渡し申し上げたのが真奈胡神です。

その場所に倭姫命真奈胡神を祀る社を定めます。
それが多岐原神社の始まりと伝えられています。
多岐原神社09多岐原神社10多岐原神社11多岐原神社12


ナナモリ(喜)s社前を旧熊野街道が通り、多岐原神社よりさらに宮川へ向かい降りていくとそこは、熊野街道の渡し場跡である「三瀬の渡し」があります。

また地元では祭神から「まなこさん」と呼び、篤く信仰されています。

木々の中にひっそりと鎮座し宮川のせせらぎの音が心地よい神社です。

多岐原神社13多岐原神社14多岐原神社15多岐原神社16





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▼長由介神社・川島神社▼ - 2012.02.06 Mon

長由介神社・川島神社01長由介神社・川島神社02長由介神社・川島神社03長由介神社・川島神社04

ナナモリ(楽2)s瀧原宮の参道沿いの奥にある瀧原宮所管社長由介神社(ながゆけじんじゃ)です。
また瀧原宮所管社川島神社も御同座されています。

瀧原宮では瀧原宮瀧原竝宮若宮神社そして長由介神社川島神社の順に参拝するのが作法となっております。


長由介神社・川島神社05長由介神社・川島神社06長由介神社・川島神社07長由介神社・川島神社08

ナナモリ(楽3)s長由介神社の御祭神は長由介神(ながゆけのかみ)。
瀧原宮の御饌の神といわれ、長由介が長生き(ながいき)に通ずるとして、江戸時代には長生きの神であるとの民間信仰がありました。

川島神社の御祭神は川島神とされていますが、詳細は不明となっています。


長由介神社・川島神社09長由介神社・川島神社10長由介神社・川島神社11長由介神社・川島神社12

ナナモリ(笑)s昔、西国三十三所の巡礼を志した人々は熊野の第一番札所へと行く前に、まず伊勢神宮(皇大神宮)にお詣りしてから、瀧原宮の前の熊野街道を通り、荷坂峠を越して紀伊の海岸に出て南紀へと旅を続けたそうです。

現在も熊野街道は国道42号線となって当宮の前を通り、南紀への旅を快適にしております。

また、この42号線沿いには熊野古道も多く残されています。

長由介神社・川島神社13長由介神社・川島神社14長由介神社・川島神社15長由介神社・川島神社16



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▼瀧原竝宮・若宮神社▼ - 2012.02.03 Fri

瀧原竝宮・若宮神社01瀧原竝宮・若宮神社02瀧原竝宮・若宮神社03瀧原竝宮・若宮神社04


ナナモリ(楽3)s瀧原宮の宮域に鎮座している皇大神宮別宮瀧原竝宮(たきはらならびのみや)・瀧原宮所管社若宮神社(わかみやじんじゃ)です。

瀧原宮の左に鎮座されているのが瀧原竝宮
瀧原宮の向かって右、一段高い南奥に鎮座されているのが若宮神社になります。


瀧原竝宮・若宮神社05瀧原竝宮・若宮神社06瀧原竝宮・若宮神社07瀧原竝宮・若宮神社08

ナナモリ(楽)s瀧原竝宮の御祭神は瀧原宮と御同神の天照大御神御魂(あまてらすおおみかみのみたま)

同じ敷地内に二宮並んで天照大御神御魂をお祀りし奉斎されている理由は諸説ありますが、皇大神宮荒祭宮の関係と同様と考えられます。



瀧原竝宮・若宮神社09瀧原竝宮・若宮神社10瀧原竝宮・若宮神社11瀧原竝宮・若宮神社12


ナナモリ(普b-01)s瀧原宮所管社である若宮神社の御祭神は若宮神(わかみやのかみ)。
若宮神は瀧原の地に縁のある水の神といわれています。

若宮神社の創立は定かではありませんが、鎌倉時代には社殿が存在していたそうです。

社殿の左にある細長い建物は御船倉といい、倭姫命が巡幸の際に使われた御船が納められています。

瀧原竝宮・若宮神社13瀧原竝宮・若宮神社14




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▼瀧原宮▼ - 2012.01.31 Tue

滝原宮01滝原宮02滝原宮03滝原宮04

ナナモリ(楽2手2)s昔から「大神の遙宮(とおのみや)」とも称されている皇大神宮別宮瀧原宮です。
宮川支流大内山川が流れる度会郡大紀町(旧大宮町)滝原にあります。

略字を用いて「滝原宮」と表記されることがあり、地元ではかつての地名である「野後(のじり)さん」とも呼ばれています。


滝原宮05滝原宮06滝原宮07滝原宮08

ナナモリ(普b-01)s御祭神は天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)。

倭姫命が、御杖代として天照大御神を奉戴して鎮座地を求めて宮川下流の磯宮をお発ちになったとき、その上流に「大河の瀧原の国」という美しい土地があったので、この地に草木を刈り払って新宮を建てられたのが瀧原宮の起源です。

瀧原宮の宮域は約44haと広大であり、山を背後に南面し、前方には川が東から西へ流れる地勢から内宮の原型になったとする説もあります。

その後、天照大御神のご神意によって、再び伊勢の方へ向われたので、瀧原での御滞留の期間はさほど長くなかったようです。

滝原宮09滝原宮10滝原宮11滝原宮12

ナナモリ(哀)sかつては太郎杉という大きな御神木がありましたが、第二次世界大戦末期の1945年にアメリカ軍のB-29から数発の焼夷弾を投下され、宮域で最大であった推定樹齢300年の太郎杉が被災し枯れてしまったため、1954年に伐採されました。

伐採時に太郎杉は中央部が腐って空洞になっていましたが、地上約3mの部分を輪切りにした標本が神宮徴古館農業館に展示されています。

滝原宮13滝原宮14滝原宮15滝原宮16

ナナモリ(楽)s太郎杉は太さから想像されたよりも樹齢が若かったことから滝原は杉の生育に適していると考えられ、伊勢湾台風で外宮内宮の本宮は多くの神宮杉(宮域の杉巨木)を失いましたが、瀧原宮では被害が小さかったため、本宮より杉の巨木が目立つ森となりました。

ここ瀧原宮では不思議と捻じれた模様の杉の巨木が多く見られます。


滝原宮17滝原宮18滝原宮19滝原宮20



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