◎あちこち神社◎
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2018-06

▼吉野水分神社-本殿▼ - 2018.06.20 Wed

吉野水分神社01-01

吉野水分神社01-02吉野水分神社01-03吉野水分神社01-04吉野水分神社01-05



ナナモリ(普b-01)s奈良吉野郡吉野町子守地区にある吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)です。

創建については不詳ですが当社に関する最も古い記録は、
「続日本紀」の文武天皇2年(698年)4月条に芳野水分峰神に馬を奉り祈雨したとの記述があり、
吉野山の上千本に鎮座する大和国四所水分社の一つとして、
葛城水分神社・都祁水分神社・宇太水分神社とともに古くから信仰されてきました。


2004年7月にはユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録されました。


吉野水分神社01-10

吉野水分神社01-11吉野水分神社01-12吉野水分神社01-13吉野水分神社01-14


ナナモリ(楽2手2)s御祭神は天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)

配神として高皇産霊神・少名彦神・御子神・天津彦火瓊瓊杵命、
玉依姫命・天萬栲幡千幡比咩命を配祀しています。



延喜式神名帳では「大和国吉野郡 吉野水分神社」として記載され、大社に列し、
古くは吉野川の支流の源流となる吉野山の最奥部、
吉野町、黒滝村、川上村の境に位置する「水分 = 水配り」の地「青根ヶ峰」にあり、
現在の場所へは大同元年(806年)頃に遷座しました。


吉野水分神社01-15吉野水分神社01-16吉野水分神社01-17吉野水分神社01-18吉野水分神社01-22



吉野水分神社01-23


吉野水分神社01-06吉野水分神社01-08吉野水分神社01-09吉野水分神社01-24


ナナモリ(笑)s
平安時代中期からは「子守明神」と呼ばれるようになり、
神仏習合時代には水分神は地蔵菩薩(子守権現)の垂迹とされ、
金峰山の蔵王権現(金峯山寺)に属する神社として修験道の行場の一つとなっていましたが、
明治の神仏分離によって金峯山寺より独立し、村社に列格しました。


当社が子守の神とされるようになった事については、
「水配」が「みくまり」「みこもり」 「こもり」と転訛して子供を護る神 子供を授ける神になったと伝えられています。
また豊臣秀吉も当社を訪れ祈願したところ秀頼を授かったといわれ、
現在の社殿は慶長10年(1605年)に秀頼によって創建されたものです。



吉野水分神社01-25




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▼勝手神社▼ - 2018.05.28 Mon

勝手神社01

勝手神社02勝手神社03勝手神社04勝手神社05



ナナモリ(普b)s奈良県吉野郡吉野町にある勝手神社(かつてじんじゃ)です。

延喜式内社にも記された古社で全国の勝手神社の総本山であり、
吉野大峰山の鎮守社である吉野八社明神の一に数えられ、
かつては「吉野山口神社」、「勝手明神」とも称されました。



「勝手」は「入り口・下手」を意味し、その字面から勝負事や戦の神としても信仰され、
神仏習合時代には勝手大明神の本地は毘沙門天と言われ武門の篤い尊崇を受けました。


勝手神社07


勝手神社08勝手神社09勝手神社10勝手神社13




ナナモリ(普)s御祭神は受鬘命、天忍穂耳命

創建年代は不詳ですが「日雄寺継統記」では孝安天皇6年(紀元前386年)とし、
社伝によりますと大海人皇子(天武天皇)が社殿で琴を奏でたところ、
天女が舞い降り5度袖を振りつつ舞ったとことから本殿背後の山は「袖振山」と呼ばれ、
この故事は「五節の舞」の発祥地とされております。


社殿は三間社流造の連棟社殿で、正面左右の千鳥破風付の桧皮葺の見事なもので、
県の有形文化財でしたが現在は残念ながら2001年に不審火で焼失し、
御神体は向かいの吉水神社に遷座され本殿再建の為の寄付金が募られています。


勝手神社11勝手神社12勝手神社14勝手神社15



ナナモリ(笑)s
境内は吉野山の桜の名所のひとつとして人気があり、
また静御前が追手に依って捕らえられた際に、
法楽の舞を見せたのはこの神社の神楽殿であったことから「舞塚」があることでも有名で、
義経や静御前を慕う人々の参詣が後を絶たない史跡でもあります。




勝手神社16勝手神社17勝手神社18勝手神社19



勝手神社20





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▼吉水神社へ仮遷座中の勝手神社▼ - 2018.05.23 Wed

吉水神社02-14


ナナモリ(普)s吉水神社には現在、勝手神社が仮遷座されています。

勝手神社(かつてじんじゃ)は吉水神社と同じく奈良吉野吉野町にある神社で、
吉野大峰山の鎮守社である吉野八社明神の一でもありましたが、
2001年に不審火により焼失したため、御神体は向かい側に鎮座するこの吉水神社に遷座されました。



吉水神社02-13

勝手神社本殿再建計画」がありますが神社自体に再建を担う資力が無く、
社殿消失とともに良県の文化財指定も解除され行政の補助も受けられなくなった為、
現在は広く全国から再建の為のご寄付を募っております。



吉水神社02-15

吉水神社のほど近くに勝手神社の本殿があった境内はありますので、
そちらの方へも訪れるのも良いかと思います。





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▼吉水神社-書院・弁慶の力釘など▼ - 2018.05.19 Sat

吉水神社02-01

吉水神社02-02吉水神社02-03吉水神社02-04


ナナモリ(楽3)s吉水神社の本殿に隣接するのは南朝皇居とした「書院」です。

この書院は初期書院造の代表的傑作とも言われ
鎌倉時代初期に建てられた日本最古の書院建築として、
ユネスコに世界遺産として登録されています。


書院内は資料館にもなっており、
義経潜居の間、後醍醐天皇玉座の間、太閤秀吉花見の間と分けられ、
南朝の古文書や武具、秀吉の花見に使われた楽器などが展示されています。


吉水神社02-05

吉水神社02-06神社境内にあるこの庭園は豊臣秀吉が基本設計した「吉水院庭園」です。

豊臣秀吉が総勢5千人を引き連れて行なったとされる盛大な花見の宴は、
ここ吉水院を本陣として歌の会、茶の会、御能の会など5日間にわたって開催さました。、
その際に設計されたこの庭園は安土桃山時代の華やかさがある日本庭園となっています。


「吉水院庭園」は神仙思想に基づく鶴亀蓬莱の庭として設計されており、
池は海、その奥は新鮮の住まう蓬莱島の須弥山、
その左手裾野に亀石、海を挟んだ右手側に鶴島と蓬莱島を探すための船石が配置されています。


吉水神社02-08

吉水神社02-07吉水神社02-09


ナナモリ(喜2)sこちらは境内社の蛭子神社・恵比須神社です。

御祭神は蛭子大神、事代主命
どちらも「えびす」と読み商売繁盛の守護神として祀られている事から、
もとは二社あったものを合祀した神社だと考えられます。



吉水神社02-10



ナナモリ(驚)s本殿右隣にあるのは「弁慶の力釘」です。

この石には弁慶が親指で釘を打ち込んだと伝わる鉄釘が刺さっており、
源義経が吉水院の僧坊に匿われている時に頼朝の追手がここまで迫った際に、
弁慶が怪力で釘を石へ押し込んだことにより、追手が恐れ逃げ去ったという伝説があります。


豊臣秀吉も吉野の花見の際にこの石に触れて祈願したと云われています。


吉水神社02-12

五円玉の右に錆びた鉄釘の頭の部分が見えています。


吉水神社02-16


ナナモリ(楽)sこちらは「一目千本」といわれる桜の名所です。

ここからは吉野の桜が一望でき、
桜のシーズンには中千本と上千本の山桜を一望することができます。

「年月を 心にかけし吉野山 花の盛りを今日見つるかな」

吉水神社02-18






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▼吉水神社-本殿▼ - 2018.05.14 Mon

吉水神社01-01

吉水神社01-02吉水神社01-03吉水神社01-04吉水神社01-05


ナナモリ(楽2手2)s奈良吉野吉野吉野山にある𠮷水神社(よしみずじんじゃ)です。

もとは白鳳年間に建立された修験道の僧坊・吉水院(きっすいいん)でしたが、
明治時代に入ると神仏分離令が行なわれ、
ここがかつて南朝の皇居であったことから神社に改められました。


また吉水神社は世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する一つとなっています。


吉水神社01-10

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ナナモリ(普b-01)s御祭神は後醍醐天皇・楠木正成・吉水院宗信法印

南北朝時代の延元元年、後醍醐天皇が京の花山院から行幸され、
吉水院宗信法印の援護のもと吉水院を南朝の皇居とし、
ここより南朝4代57年の歴史が始まりました。


現在では現存する南朝唯一の行宮となっています。


吉水神社01-11吉水神社01-12吉水神社01-13吉水神社01-14



吉水神社01-16


吉水神社01-15吉水神社01-21吉水神社01-17吉水神社01-18


ナナモリ(楽2)s他にも吉水神社は源義経や豊臣秀吉など歴史上の人物とも縁ある地でもあります。

伝承では文治元年にここへ頼朝の追手より逃れ来た義経と静御前は、
弁慶らと共に僧坊である吉水院に隠れ住んだと伝えられ、
義経の鎧、義経の鞍、静御前着用の着物、弁慶七つ道具であるとされるものが、
書院に展示されています。



吉野山 峯の白雪踏み分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき」
                                     (静御前)


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