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2017-04

▼石清水八幡・二の鳥居から大扉稲荷社と旧跡かげきよ▼ - 2015.04.05 Sun

大扉稲荷社から一つ石01


大扉稲荷社から一つ石02大扉稲荷社から一つ石03大扉稲荷社から一つ石04大扉稲荷社から一つ石05


ナナモリ(普b-01)s高良神社より表参道を進みますと石清水八幡宮の二の鳥居があります。

現在は石造りの鳥居ですが、かつては木造の朱塗りの鳥居だったそうで、
古くから二の鳥居はこの位置にあったこの鳥居は、
頓宮の南にあることから「南鳥居」とも呼ばれています。


また二の鳥居の近くには源頼朝ゆかりの松「頼朝松」があります。

この松は源頼朝奉納の伝承を持つ「六本松」の名残で、
唯一の生き残りであった松は昭和22年の落雷で焼失し、
現在の「頼朝松」は昭和30年に奉納された2代目です。

頼朝公は鎌倉から持参した6本の松の苗木を当地に植え、
帰路は当地より持ち帰った松を鶴岡八幡宮の境内に植えたそうです。

大扉稲荷社から一つ石06

二の鳥居より表参道を進み、
通称「七曲がり」と呼ばれる石段を登って行きますと、
本殿へと向かう表参道と泉坊・松花堂跡のある祓谷道の分岐点があり、
そこに大扉稲荷社があります。

大扉稲荷社から一つ石07

大扉稲荷社から一つ石08大扉稲荷社から一つ石09大扉稲荷社から一つ石10大扉稲荷社から一つ石11



ナナモリ(楽)s石清水八幡宮の摂社・大扉稲荷社の御祭神は御食津神。

『男山考古録』によりますと現在の位置に鎮座したのは文政12年(1829)のことで、
当時、流行していた富くじ(宝くじ)でこの稲荷社に祈った人が富を得、
そのことが伝わると信者が増え、その信者の寄進で建立されたそうです。


現在の朱塗りの社になる前は小さな祠だったそうで、
伝説ではこのあたりに狐の住む穴があり、
柴草を刈りに来る人々にその狐がいたずらをするので、
小祠を建てて崇めたという話が残っています。


大扉稲荷社から一つ石12

大扉稲荷社から一つ石13大扉稲荷社から一つ石14


ナナモリ(普b)s大扉稲荷社の前に「旧跡かげきよ」と記した石碑があります。

この土が盛り上げられた「かげきよ」という場所は、
平家滅亡後に石清水八幡宮に参拝する源頼朝の命を狙って、
平氏の平景清(悪七兵衛景清)が待ち伏せしていた場所だと言われています。


ここに平景清が待ち伏せをしましたが、
それを察知した源頼朝は引き返して難を逃れ、
頼朝が馬引き返した場所はこの場所のすぐ近くにあり、
そこには「駒返し橋」と刻まれた石碑が建てられています。

この平景清の話は石清水八幡宮の公式では否定されており、
「かげきよ」とは文字どおり「影清め」、即ち「姿を清める所」という意味で、
昔ここにあった清水に己の影を写して心身を祓い清めたことに由来するとされています。

大扉稲荷社から一つ石15



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