◎あちこち神社◎
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2017-05

▼熱田神宮-清水社▼ - 2016.08.09 Tue

熱田神宮・清水社01

熱田神宮・清水社02熱田神宮・清水社03熱田神宮・清水社04熱田神宮・清水社05

ナナモリ(普b-01)s熱田神宮の末社・清水社(しみずしゃ)です。

『こころの小径』を一之御崎神社よりさらに東へ進んでいきますと、
古くから「お清水さま」と親しまれてきました、
この清水社へと辿り着きます。


御祭神は罔象女神
水を守護する神様でここ清水社の北側にも水の湧く場所があり、
言伝えでは鎌倉時代の平家の武将・平景清が目の病気になったときに、
この湧水で目を洗ったところ病気が治ったという言い伝えがあることから、
目の神様としても信仰を集めています。

熱田神宮・清水社06

清水社の右脇に下の湧水へと降りて行く階段があります。


熱田神宮・清水社11

熱田神宮・清水社07熱田神宮・清水社08熱田神宮・清水社09



ナナモリ(楽)s
この湧水が溜まっている場所の中央に石塔があり、
これに備え付けてある柄杓で三度水をかけまして、
お願い事をすると叶うとか、
この水を肌に浸けると綺麗になるとか言われています。



また、この石塔は享保の古図にも描かれている楊貴妃のお墓の一部分との説もあります。


昔、中国の唐の時代に玄宗皇帝が日本侵略企てていることを知った日本の神々が集まり、
話し合いの結果、熱田大神が絶世の美女の姿に変身し玄宗に近づき日本侵略を中止させようとしましす。

後に楊貴妃と呼ばれるようになる美貌で玄宗皇帝をたぶらかし唐の国は乱れて日本侵略どころはなくなりますが、
理性を無くした玄宗によって楊貴妃も命を落としてしまい、
そして楊貴妃に変身していた熱田大神の魂は熱田に戻ったという伝説があります。

その楊貴妃の伝説に因んで清水社に楊貴妃の墓が建てられていましたが、
明治初期に熱田神宮の改装工事で取り壊されたのだそうです。


熱田神宮・清水社10




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● COMMENT ●

面白い伝説

熱田神宮の末社に、まさか唐の玄宗皇帝と楊貴妃に関わるような「伝説」が出てくるのも
大変興味深いものがありますよね。
三大美女の一人とも言われる楊貴妃がまさか・・
日本侵略を企んだ玄宗皇帝の野望を阻止するための日本の神々の策略というのも
とっても面白い話だと思います。
その策略の結果、唐においては安史の乱が発生したというのも
「日本の神々もなかなかやるじゃないか・・」という感じですよね・・(笑)

Re: 面白い伝説

> ぬくぬく先生 さん

わたしも調べていて驚きましたΣ(・ω・ノ)ノ(笑

楊貴妃が日本の策略というのはなかなか面白いお話ですが、
たぶんこれは熱田の地が蓬莱とも呼ばれていたことから、
「長恨歌」に詠われている『天に還った楊貴妃が蓬莱に』
という伝承からきているのでしょうね。

玄宗皇帝が楊太真を貴妃とした745年頃は、
平城京へ遷都したり天平の大地震があったりと激動の年でしたから、
大陸からの干渉に備えて策を打ったのだと考えますとこれもまた面白いですね(-_☆)



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