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2021-01

▼飛騨一宮 水無神社-本殿▼ - 2018.12.10 Mon

水無神社-本殿01

水無神社-本殿02水無神社-本殿03水無神社-本殿04水無神社-本殿05



ナナモリ(普b-01)s岐阜県高山市にある水無神社(みなしじんじゃ)です。

岐阜県高山市の市街地南方に鎮座する神社し、
延喜式では小社に列格しする飛騨国一宮で、
西南方ある位山(くらいやま、標高1,529m)を神体山とし、
飛騨国の鎮守として朝廷からも崇敬された神社です。



水無神社-本殿06

水無神社-本殿07水無神社-本殿08水無神社-本殿09水無神社-本殿10



ナナモリ(楽)s御祭神は水無神として御年大神(みとしのおおかみ)

また水無大神(みなしのおおかみ)として主神と、
大己貴命、三穗津姫命、応神天皇、高降姫命、神武天皇、須沼比命、
天火明命、少彦名命、高照光姫命、天熊人命、天照皇大神、豊受姫大神、大歳神、大八椅命
を総称しまして水無大神(みなしのおおかみ)と呼ばれています。


創建の年代は不詳ですが歴史上にあらわれるのは清和天皇の時代、
貞観9年(867年)に従五位上の神位を授けられた記事に始まり、
延喜式では小社に列格し飛騨国の一宮とされ、
神仏習合の鎌倉時代には「水無大菩薩」と称し、
両部神道として社僧を置き本地堂一宇を建てて釈迦像を安置し社僧が奉仕していました。


水無神社-本殿12

水無神社-本殿11水無神社-本殿13水無神社-本殿17


ナナモリ(普b)s明治元年には神仏判然令に基づき神仏分離を進め、
社内にある仏像や仏教関係の古文書等多くが撤去され国幣小社に列格し、
昭和12年には神衹院の国営工事として前社殿の大造営がはじまり、
戦中、戦後の克服し昭和24年にほぼ現在の形に完成されました。



また第二次世界大戦末期の1945年7月31日に昭和天皇は内大臣木戸幸一を呼び、
草薙剣を疎開させる意向を伝え疎開先や時期を政府内で協議するように指示し、
8月5,6日に陸軍や宮内省関係者が水無神社周辺の山林を視察したといいます。

実際、疎開が行われたのは終戦後の8月22日、
宮内省の勅使が熱田神宮本殿で新調した木箱に剣を収め、
陸軍の協力で運び出し、9月19日まで水無神社に安置されました。

約一ヶ月ほどこの神社に安置された後、
草薙剣は熱田神宮の神職が抱えて高山本線の電車で運ばれ帰ったそうです。


水無神社-本殿21


水無神社-本殿14水無神社-本殿15水無神社-本殿19水無神社-本殿20




ナナモリ(笑)s
水無神社のお祭りの中では「生きびな祭」というのが有名で、
蚕糸業が盛んだったこの地方の春の養蚕業祭に、
寒冷地のためにひと月遅れて行われるひな祭りをとり入れ、
絹に象徴される女性の気品と幸福を祈念するために始まった祭りです。


「生きびな」に選ばれるのはすべて女性で、
選ばれた女性は左大臣、右大臣、内裏、后、五人官女の平安衣装を纏い、
総勢100名余りの平安の昔を偲ばせる煌びやかな祭行列は、
雅楽が奏でられる中、表参道から境内までを練り歩き、
特設舞台にて生きびな様の紹介や1年の豊作を祈願して生きびな様による餅投げが行われます。

このお祭りは『氷菓』というタイトルのアニメでモチーフとして登場し、
最終回のエピソード「遠まわりする雛」では水梨(みずなし)神社のお祭りとして、
この「生きびな祭」の様子が画かれています。


水無神社-本殿22







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● COMMENT ●

草薙剣

草薙剣というと三種の神器の一つで、天皇の持つ武力の象徴ともされ熱田神宮のご神体なのですけど、
そうした三種の神器の一つが、熱田神社から飛騨の水無神社に一時的にあるにせよ、避難・疎開したという史実が
あったのは初めて知りました。
三種の神器の一つが本来の場所から移される事自体大変異例だと思うのですけど、それだけ終戦間際の日本が
熱田神宮の空爆や東京大空襲など追い詰められていて、
昭和天皇とされても可能性的に軍部が本土決戦を強硬に推進する可能性もあったゆえに、
三種の神器の避難疎開という苦渋の選択をせざるをえなかったという事なのかもしれないですね。

そして、熱田神宮の神職が抱えて高山本線の電車で運ばれ帰ったエピソードも当時の世相を反映した話なのかもしれないですね。
今現在だったらとてつもない大護衛になっていたかもですね。

そうした三種の神器の移動という事が繰り返されないためにも今日の日本の平和というものは大変意義が
あるという事なのだと思います。

「氷菓」の最終回のお祭りの舞台ともなった神社なのですね!
えるちゃんではないけど、七森様の記事を読んで「水無神社が、私、気になります・・」という感じに
なりそうですね!

水無神社は、飛騨一ノ宮ということに加えて、島崎藤村の父・正樹が一時宮司を務めていたということでお参りしたい神社ですが、なかなか機会がないのが残念です。死んだ私の父は、このあたりに出張で出かけたことがあり、母も同行したと聞いたことがあります。絹に関係する仕事だったので、なるほどと思い当たりました。

Re: 草薙剣

>ぬくぬく先生さん


この草薙剣が疎開したお話は当時の記事にしか載っていないことのようで、
あまり知られていない逸話なのだそうです(o´ω`o)
草薙剣が疎開したということはこの水無神社は古くから格式の高い神社だったのでしょうね。

いまなら一大イベントとなって一年中お祭りやTV番組で特集とかになりそうですね(笑

実は「氷菓」で見てずっと行きたいと思っていた神社だったのです(人*´∀`*)
放送当時から「わたし、気になります」状態でした(笑

Re: タイトルなし

> たんめん老人さん

そうですね、島崎藤村の句碑も境内にありましたわ(´ー`)
飛騨高山や白川辺りは雪深いこともあって養蚕が盛んだった様ですね。
こちらの神社ではかつては養蚕に纏わるお祭りが年に二回も行われていたそうです。

機会がありましたら草薙剣も旅したJR高山本線で行ってみてくださいませ♪


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