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2019-12

▼大間国生神社▼ - 2011.10.04 Tue

大間国生神社01大間国生神社02大間国生神社03大間国生神社04


ナナモリ(普)s豊受大神宮摂社大間国生神社(おおまくなりじんじゃ)です。
草奈伎神社域内に鎮座され造宮使造替三社の一つであります。

地図では草奈伎神社大間国生神社が別々に記載されていますが、入り口は一つです。



大間国生神社05大間国生神社06大間国生神社07大間国生神社08



ナナモリ(楽)s御祭神は大若子命(おおわかこのみこと)と乙若子命(おとわかこのみこと)。

両祭神は伊勢の国造であった天日別命(あめのひわけのみこと)の子孫で、皇大神宮の鎮座に功績があり大間広と呼ばれるこの地域を開拓された神です。
御垣内の向かって右の社が大間社で大若子命を祀り、左は国生社で乙若子命が祀られております。


大間国生神社09大間国生神社10大間国生神社11大間国生神社12



ナナモリ(普b-01)s大若子命天日別命の後裔で、この地を支配してきました。
皇大神鎮座のとき、 大幡主命・物部八十友の諸人等を率いて荒御魂宮地の荒い草木根刈掃い、大石を取り平らげて大宮を定め奉ったといわれています。

また大若子命は11代垂仁天皇から御剣仗(草薙剣)を賜り、越国の凶賊・阿彦を討っています。

子孫はその職を世襲し天武天皇のとき改めて豊受大神宮祢宜に補せられ、 明治維新まで続きます。
代々外宮の神職として奉職した度会氏がそれです。

大間国生神社13大間国生神社14大間国生神社15


ナナモリ(楽2)s大間国生神社は早くに廃絶し所在不明となります。

しかし廃絶した他の殆どの摂社が大宮司・大中臣精長の寛文3年の一連の再興事業によって復興したのに対して、当社はそれよりも早く正保2年に一禰宜・度会常晨により草奈伎神社とともに再興されました。



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● COMMENT ●

秋から、冬へ…

七森さん、お邪魔します☆
存じ上げておりませんでした、御祭神のお名前に
動揺を隠しきれない、無知マイマイです。

今日は、神社ではないのですが
西方寺へ行ってきました。
阿弥陀如来様に日頃の感謝を!!

無知ですが、神社が好きなので
神社の廃絶と聞くと
何だか、悲しいです。(´・ω・`)

Re: 秋から、冬へ…

> のんびりマイマイさん

神様の名前は知らなくてもかまわないのです。
祈る気持ちを忘れていなければ良いのです(´ー`)

お寺も良いですね~
虚空蔵菩薩像とか弥勒菩薩像が好きです☆
全然寺っぽくないのですが、京都の祇王寺が好きで良く行きます(人*´∀`*)


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