▼坂手国生神社▼ - 2011.04.08 Fri





牛尾崎池という大きな灌漑用水の西の小山の上に鎮座されています。
『坂手』とは上田辺の山中で丘陵を成す地の坂のあたりにあることから
『坂手』という名にされたそうです。





御祭神は速川比古・速川比売・山末御玉
いずれもこの地方の灌漑用の水を司る神様です。





そのときのこの国の名が岳高田深坂手国といい、 田上御田を奉られた功績に対して倭姫命は坂手の社を定められたと伝えられています。





寛文3年に行われた諸摂社の再興の際、当社もその対象となり再興されます。
復興のための調査が行われましたが、数多の土地が候補としてあげられたものの『神書』と合致する場所はなく、
ただ上田辺村の乾方五六町の地点が方位ともに一致し、ここに社地が定められました。
しかし、現在地の南方の薬師堂のある丘であるとの説もあります。
▼小社神社▼ - 2011.03.25 Fri





そこが内宮末社・小社(おごそ)神社です。
周りは広大な田畑となっており、なかなか趣のある神社です。
田植えの時期などに来ると素敵かもしれませんね。





かつてはここで雨乞い祈願が行われていたようで、「雨の宮」とも呼ばれていたようです。
その頃は荒木田神主一族の産土神として尊ばれていました。





氏神としての崇敬は以前と変わらず毎年四月の初申の日には一族を挙げて参拝していました。
戦国期に祭祀が中絶した際、地元の民は荒廃した杜に小祠を建てて祭祀を継いでゆきます。
その後、江戸時代に再興されました。
現在も地元の人々によって大切に奉られています。

