◎あちこち神社◎
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2017-11

今日より暮秋の候、十一月です。 - 2017.11.01 Wed

2017松茸01

今日より11月です。

年末の話題が聞こえるようになり、
ここ数週間で冬の気配が感じられるような気候になりましたね。

肌寒い空を赤とんぼの群れが飛び回り、
山では少しずつ葉が色付いて、
家の軒先には干し柿が吊るされる様になり、
秋の風情を感じる今日この頃です。

寒さに向かうこの季節、
お体に気をつけてお過ごしくださいませ。

それでは今月もよろしくお願いしまっす(゚▽゚*)



そして、秋の味覚の代表である松茸を頂きました(人*´∀`*)やったぁ♪




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▼相撲神社▼ - 2017.10.28 Sat

相撲神社01

相撲神社02相撲神社03相撲神社04相撲神社09



ナナモリ(普b-01)s奈良県桜井市穴師にある相撲神社(すもうじんじゃ)です。

この相撲神社は大兵主神社(穴師坐兵主神社)の摂社で、
奈良県内には日本の国技である「相撲」発祥に纏わる土地がいくつかありますが、
ここもその一つで約2000年前に最初の相撲の取組が行われたとされる場所です。


相撲神社05

相撲神社06相撲神社07相撲神社08


ナナモリ(楽3)s御祭神は野見宿禰

日本書紀によりますと垂仁天皇7年7月7日に大兵主神社神域のカタヤケシにおいて、
野見宿禰と当麻蹴速が日本最初の勅命天覧相撲を行い、
それに勝利した野見宿禰は、この地に屋敷を賜り、
大和朝廷の中心人物として活躍していきました。

そしてこの相撲神社のある場所が「カタケヤシ(四本の柱の内側」)、
今で言う土俵のあった場所と伝えられています。


相撲神社10

相撲神社11相撲神社12相撲神社13



ナナモリ(笑)s我が国初の天覧相撲の後、聖武天皇の時代にも宮中の庭で相撲が取られ、
さらに平安時代には相撲節会(すまいのせちえ)として定着していくようになります。

相撲節会とは宮中の年中行事の一つで毎年陰暦7月26、27、28日の3日間催され、
諸国から召し出された相撲人が天皇の御前で相撲を取ったと言い伝えられます。


ちなみに「相撲」という言葉は、
張り合ったり抵抗したりすることを意味する「争ふ(すまう)」に由来するそうです。



相撲神社15



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*自家製サラダチキン的ななにか* - 2017.10.24 Tue


最近流行のコンビニなどで売っているサラダチキンは美味しくて、
高タンパク低カロリーでちょっとした副菜にも使えて良いですよね~♪

というわけで、簡単自家製サラダチキン作って見ました(*´Д`)ノ


『自家製サラダチキン

・とり胸肉 200グラム

・酒 大さじ2
・酢 大さじ1
・鶏がらスープの素(顆粒) 大さじ1
・砂糖 小さじ2
・塩 小さじ1

・ジップロック 一袋


サラダチキン01サラダチキン02サラダチキン03

① 
とり胸肉は皮の部分とスジを取り除き、
熱の入り具合が良くなるように2つに切り分け、
調味料をすべて混ぜたものと一緒にジップロックに入れ手でよく揉み込みます。

調味料をよく揉み込むことで出来上がったときに鶏肉がパサついた感じになりません☆

サラダチキン04


ジップロックの中の空気を出来るだけ抜き真空パックに近い形にし、
冷蔵庫で6時間ほど味をしみこませます。


こんなかんじに水に漬けながら空気を抜いていきますと楽にできます(´ー`)


サラダチキン05


冷蔵庫で味を馴染ませた鶏肉をジップロックに入れたそのまま熱湯の鍋に入れ、
蓋をして3時間ほど放置して冷ませば完成です(人*´∀`*)簡単

ここで注意するのは鍋の火は鶏肉を入れる前に止めておくこと。
煮てしまいますと鶏肉は固くなってしまいますので、
お湯に漬けて保温調理という感じで火を通していきます。

サラダチキン06

サラダチキンっぽく出来ました(笑

サラダチキン07

断面はこんなかんじで~
中はしっとりと仕上がり味がよくしみ込んでいます。
写真ではまったくわかりませんけれど(笑

もっと中をローストビーフっぽくする場合は熱湯に漬ける時間を短めに調整するかんじで~
ですが、必ず90℃以上のお湯で10分以上加熱するようにしてください。

サラダチキン08

はいっ『サラダチン』の完成(人*´∀`*)
調理時間はかかりますが作る手順は簡単です♪

今回作ったのは基本のサラダチキンですので、
ここにブラックペッパーやミックスハーブを追加したり、
または出来上がったサラダチキンを燻製にしたりといろいろなバリエーションも出来ます☆

ちなみにタンドリーチキン風に味付けする場合は調味料の酢を同じ量のプレーンヨーグルトに変え、
カレー粉・ケチャップ・ニンニク・生姜を混ぜることで出来ます。


サラダチキンは仕込みだけしておけばあとは放置で出来上がっていくので楽で良い感じですね(o´ω`o)







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▼伊豆山神社-源頼朝と北条政子の腰掛石と摂末社▼ - 2017.10.20 Fri

伊豆山神社02-01

伊豆山神社02-02伊豆山神社02-03伊豆山神社02-04伊豆山神社02-05


ナナモリ(普b-01)s宿の平駐車場から本殿までの階段にある摂末社のご紹介です。

鳥居前から本殿までの180段の階段の中ほどにあるのは、
末社・祖霊社で伊豆山神社(伊豆大権現)に仕えた氏人の祖霊をお祀りしています。



そこから登っていきますと次にあるのは末社・役の小角社(足立権現社)です。
御祭神は役小角で文武天皇三年、伊豆大島に流刑にされた折、
昼は皇命を慎み、夜は飛行の術を駆使し伊豆大権現に飛び来て修行重ねたと伝えられています。

また運命開拓の神様ともいわれ古くから足の病に悩む人や、
足腰の弱い人がご祈願したならば神護を受けて強足となるという信仰があります。


伊豆山神社02-06

伊豆山神社02-07伊豆山神社02-08伊豆山神社02-09伊豆山神社02-11



ナナモリ(楽)s本殿前の鳥居左手にあるのは結明神社(むすびみょうじんしゃ)です。
御祭神は結明神(日精・月精)
走湯山縁起によりますと景行天皇の31年、日金山の大杉の中より男女二人の赤ん坊が生まれ、
初島の初木神社の御祭神である初木姫が二子を引き取り育てましたが、
時を経ずしてたちまち成長し、一女を日精、一男を月精と号しました。
後に二人は夫婦となり、日金山に仕えて「伊豆権現氏人之祖」となったと伝えられています。


日精・月精その終没を不知(富士山)から神上がったと記され、
後の人たちより結明神として仰がれ祀られました。

男女の縁結びを叶えてくれる神様で古くは「一名恋祭り」という神事があり、
各地から集まった若い男女の参列を得て行われていたそうです。


伊豆山神社02-10

ナナモリ(楽3)s本殿の右手奥にある白山神社遥拝所です。

ここより山道を20分ほど歩きますと白山神社があり、
そこからさらに35分ほど登っていきますと元宮・本宮社があります。



白山神社の御祭神は菊理媛命

「伊豆山記」、「走湯山記によりますと、
天平元年夏、東国に疫病が流行した際、北条の祭主が伊豆権現に祈願したところ、
「悪行のなす所、救いの術なし、これ白山の神威を頼むべし」との神託があり、
猛暑の頃であったにもかかわらず、一夜のうちに石蔵谷(白山神社鎮座地)に雪が降り積もり、
幾日経っても消えず、病人がこの雪をなめたところ、
病苦がたちどころに平癒したことから白山神社が創立されたと伝えられています。


白山神社・本宮社へ続く山道は最初このようにコンクリートで舗装されていますが、
残りはほぼ未舗装の山道ですので雨の日や日暮れ間近に登るのは控えられた方が良いかと思います。


伊豆山神社02-12

ここから本宮まで二丁、かつて修験道の行場だった山道です。


伊豆山神社02-13

伊豆山神社02-14源頼朝北条政子が腰掛けたと伝えられる「腰掛石」です。

伊豆の蛭ヶ小島へ配流されていた源頼朝が、
当時、北条政子と共に当社に深い信仰を寄せ、
後に平家を打倒し鎌倉幕府を樹立して征夷大将軍となります。

そのことから鎌倉将軍の参詣で二所詣の聖地となった当社は、
戦国時代には後北条氏、江戸時代には徳川将軍から格別の尊崇を集め、
武家が誓いを立てるときの起請文には誓詞証明の社として、当社の名が必ず連ねられています。


伊豆山神社02-15

伊豆山神社02-16伊豆山神社02-17




ナナモリ(笑)s摂社・雷電社(若宮)と光石です。

御祭神は伊豆大神荒魂・雷電童子(瓊瓊杵尊)
創立年代は不詳ですが、吾妻鏡に「光の宮」と別名があり、
鎌倉幕府三代将軍源実朝が再興し、その後暦応4年に足利氏が、
慶長17年に徳川二代将軍秀忠が改築、現社殿は昭和10年に内務省によって改築されました。


政治を司り導く神として、源頼朝を始め歴代の将軍家の崇敬が厚く、
室町時代には全国に多数の社領を有しておりました。

「光石」は、
「走湯山縁起」と「吾妻鏡」の大磯高麗山(高来神社)より、
道祖神(猿田彦大神、天宇受売命)とともに来た神様の降り立つ光の石です。
さわったり座ったりして楽しくお参りすると良いそうです。


伊豆山神社02-18





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▼伊豆山神社-本殿▼ - 2017.10.15 Sun

伊豆山神社01-01

伊豆山神社01-02伊豆山神社01-03伊豆山神社01-04伊豆山神社01-05


ナナモリ(楽2手2)s静岡県熱海市伊豆山上野地にある伊豆山神社(いずさんじんじゃ)です。

温泉地であるJR熱海駅より東北へ約1.5km、
日金山や岩戸山に連なる伊豆の御山の海抜170mほどの地点に鎮座する、
全国各地にある伊豆山神社や伊豆神社(いずじんじゃ)、
走湯神社(そうとうじんじゃ、はしりゆじんじゃ)などの起源となった総本社格の神社です。


古くは伊豆御宮、伊豆大権現、走湯大権現、伊豆御宮とも走湯社とも称し、
創建の年代は不詳ですが社伝によりますと孝昭天皇の時代の頃と伝えられ、
当初は日金山の山上にあったそうで、その後について諸説ありますが、
本宮山を経て承和3年(836年)に甲斐国の僧・賢安により現在地へ遷座したと考えられています。


伊豆山神社01-06伊豆山神社01-07伊豆山神社01-09伊豆山神社01-08

伊豆山神社01-16

伊豆山神社01-10伊豆山神社01-11伊豆山神社01-12伊豆山神社01-13


ナナモリ(普b-01)s御祭神は正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、拷幡千千姫尊、瓊瓊杵尊

本殿は熱海市街地や相模灘を一望できる海抜170mほどの地点に鎮座し、
ここよりさらに山を登った海抜380mほどの山中には本宮があり、
また本殿より階段を下った海抜50mの地点には下宮の跡地、
さらに伊豆浜に下りますと日本三大古泉のひとつ「走り湯」があります。

四国松山道後温泉・神戸六甲山有馬温泉と共に日本三大古泉のひとつである「走り湯」は、
699年(文武3年)頃、修験道の始祖とされる役小角が伊豆大島へ配流された折に、
伊豆山海岸から五色の湯煙があがっているのを見つけ湯滝を浴び修行したのが始まりで、
役行者が修行したことが切欠となり伊豆山に修験者たちが集まるようになったそうです。

一説によりますと伊豆の国名は「湯出づる」という言葉に由来するといわれています。

伊豆山神社01-14伊豆山神社01-18伊豆山神社01-19
伊豆山神社01-15


ナナモリ(楽2)s伊豆山の山岳信仰は当初、日金山を中心に修験者が集まっていましたが、
後に山を下り里に近い今の伊豆山神社がある場所が中心となり、
伊豆山を天に昇る龍に例え、富士山から入った龍が日金山から岩戸山までを胴体、
伊豆山権現の場所は目、現在の浜町内にある花水を鼻、走り湯が口で呼吸をしており、
富士山まで繋がっているという信仰が生まれました。


また「走湯山縁起」(鎌倉時代に成立)には、
「伊豆山の地下に赤白二龍交和して臥す。その尾を箱根の湖水(芦ノ湖)に漬け、
その頭は日金嶺(伊豆山ょの地底に在り、温泉の湧く所はこの龍の両目二耳並びに鼻穴口中なり」と記載があり、
赤龍と白龍の二龍が精気を吐き赤白海水に交わり二色浦(熱海の錦ヶ浦)の由来となっています。

この赤白二龍(せきびゃくにりゅう)は伊豆山神社のシンボルでもあり、
社殿の手前にある手水舎などに二龍をかたどった装飾がみられます。


伊豆山神社01-21




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